第26話 真相

「婚約者でもあります。行方不明なんです。生死も不明で。せめて、どんな死に方をしたのか。手がかりだけでも知らないかと思いまして」


 ホーンブレアは、不意に懐から懐中時計のようなものを取り出した。


「分かった。全てを話そう。その前に、これを受け取ってくれないか?」


「これは、アストロラーベですか?」


 航海者が星の位置から現在地を知るために使うというアストロラーベ。なぜそんなものが出て来る? 魔界は地下だ。星など見えない。


 裏を返すとそこには、東方の文字で『燦砂』と刻まれていた。


「アヴァロンさん、この文字は……」


「後で話します。ホーンブレアどの、これには術式が付与されていますね?」


「あぁ、うちのパーティの占星術師アルタイルが持っていたものだ。東方で作られたらしい。ジーグは、こんなもの使わずに聖剣で魔王を倒そうとしたけどね。だが、その後……」


 驚いたことに、ホーンブレアはガタガタと震え出した。


 魔王を恐れている?


 いや、実際に魔王と対峙し、生きて帰ってきた者が今さら魔王を恐れるはずがない。


 なのに何かを恐れている。これはもう、単刀直入に尋ねるしかない。


「エレナが、ジーグさんを殺したんですね?」


 ホーンブレアは驚いたように目を見開き、それから諦めたかのように俯いた。


「……そうだ。その事実に間違いはない。だが、俺たちには伝えなければならないことがある」


 ホーンブレアは、気を落ち着かせようとティーカップを手に取るが、激しい震えでまともに飲めていなかった。


「あの日、あの時、俺たちは……」


 荒い息遣いで、ホーンブレアは続ける。










「エレナ・メルセンヌを囮にして、魔族の餌にさせたんだ!」










 刹那、俺は反射的に剣を抜いていた。目の前の男の首を落とすことしか考えられない。


 アヴァロンが床に押し倒してくれなければ、また罪を重ねるところだった。


「貴様ッ……」


 アヴァロンは、怒りの収まらない俺の顔を床に押し当て、喋れないようにした。


「本当に……本当にすまないことをした。あの時、俺たちは確かに魔王ペイヴァルアスプを倒した。だが帰る体力が残されていなかった。ジーグ以外に聖剣を扱える者はいない。ジーグだけでも生きて凱旋すべきだ。そう話し合った俺たちは、他の誰かが囮になることに決めた」


 全てを諦めたのか、安堵した表情でホーンブレアは語る。


 違う。


 そうじゃないだろ。


 お前らが安堵していいはずがない。


 死ぬまで、いや死んだ後も、安息のときなど訪れていいはずがない。


「戦士ヴィアクが、自ら名乗り出て一人残ることに決めた。だがヴィアクはジーグの幼馴染。最後に血迷ったジーグは、エレナ・メルセンヌの両脚を斬り落とし、逃げられないようにして囮にさせたんだ」


「そうして、勇者ジーグは魔王の力を受け継いだエレナ・メルセンヌに殺され、あなただけが生き残ったわけですね」


 アヴァロンは平静を崩さない。だが俺の方は気が狂いそうだ。


 エレナは勇者殺しなんかじゃない。


 勇者が人殺しなのだ。


 なのに、なぜエレナが大罪人扱いされなければならない?

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