第16話 慎重かつ狡猾

 城塞都市たるサルーテは、円形の城壁に囲まれている。許可を得て城門から出ると、すぐに件の橋の残骸は見つかった。


「念のため破壊はしたようですね」


 俺は、申し訳程度に打ち壊された石橋を見やる。リザードマンの部隊を殲滅したとき、ついでに壊しておいたのだろう。


「えぇ、ですが本当に一部だけです」


 アヴァロンが無感情に答える。


 視線の先には、巨大な石橋が地平線の果てまで続いていた。


「これほど目立つ巨大建造物を造ってまで、エレナ・メルセンヌは移動手段を手に入れようとしている。不思議ですね。トンネルか運河を掘るのならまだ分かるのですが」


 アヴァロンは疑念を口にする。


 確かにその通りだ。こうして妨害されることが分かっていながら、なぜ橋など造るのか。そもそも、あれだけの魔力があれば、瞬間移動くらいしてきそうなものだ。


 いや、そんなことより。


 何か違和感を感じる。この石橋、ただの橋ではない。


「あの橋、ほんの僅かですが傾斜していますね」


 俺は観察結果を告げる。


「そうなのですか?」


 アヴァロンは目を凝らすが、分からないようだ。


 だが、もともと偵察や望遠が得意だった俺には分かる。この橋は、地平線の向こうが高く、こちらに近づくにつれ低くなっている。明らかに何かを流すため。


「水を流すためだとしたら……」


「第二の可能性に該当しますね」


 アヴァロンが感心したように頷く。


 エレナの本体は、水の中でしか生きられない種族に転生している。おそらく水道橋に水を流し、その中を通ってくる気だ。


 しかしどうすればいい? これだけ長大な橋を壊すにはかなりの時間がかかる。王国軍の攻撃魔法部隊でも呼び寄せなければならない。


「それよりも、どうしてこれだけの長さになるまで誰も気付かなかったのか? その方が問題です」


 確かに。だがエレナは狂乱魔法も使う。精神操作系の魔法が得意なら、幻影を見せることも可能だ。行方不明の三年間の間に、エレナは着実に、俺に会いに来るための準備を整えていたことになる。


「俺の知っていたエレナより、ずっと狡猾で慎重な人間になっている。そういうことですね?」


「はい。もはや、エレナ・メルセンヌを人間と呼べるのか分かりませんがね」


 アヴァロンは無感情に言う。だがその表情は、どこか悲しげだった。

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