公表

 ユリアの懐妊は御前会議で貴族たちに公表されることとなった。

「本日は議題を話し合う前に陛下からお話がございます」

宰相の言葉で貴族たちがざわつく。だが、そのざわつきは王が軽く手をあげて制することですぐに静まった。

「噂など耳にしている者もあるだろうが、我が妃であるユリアがこのたび懐妊した。しばらく体調不良で臥せっていたが、今回妊娠が確かなものとなったので皆に伝えておく」

「おめでとうございます!」

王の言葉が終わると同時に貴族のひとりが祝意を叫ぶ。すると他の貴族たちも口々に祝意を叫び、場内は一気に騒然となった。

「陛下、ユリア様は妃ではありますが、これを機に王妃におなりでしょうか?」

貴族のひとりの言葉で騒然としていた場内は水を打ったように静まり返った。それは、現在王妃であるリーシュを廃してユリアを新たに王妃に据えるのかという問いだった。

「そのつもりはない。王妃はこれから先もリーシュひとりだ。それはリーシュもユリアも、他の妃たちも了承している」

王の言葉に貴族たちの顔にそれぞれ違う表情が浮かぶ。すでに娘を妃として後宮に入れているもの、これから娘を後宮に入れようと画策していたものたちは忌々しげな表情を浮かべ、子をなしたものを王妃に迎えるべきではという考えのものは思案げな表情を浮かべ、王や王妃、妃たちが納得しているならというものたちはうなずいていた。

「皆、思うところは色々あるだろうが、ユリアがたとえ男子を生んだとしても王妃をかえるつもりはない」

王のきっぱりとした言葉に出席者たちは一様に頭を下げた。


 ユリアの懐妊が御前会議で公表されると、ユリアの実家であるユステフ伯爵家にはたくさんの祝いの品が届けられた。純粋にユリアの懐妊を祝うものもあったが、ユリアが男子を生めばその子は次期国王となる。今のうちから繋ぎをつけて懇意にしておきたいという下心の見える祝いも多かった。

「カリン、この祝いの品々も使えるかな?」

並べられた品々を眺めながらユステフ伯爵がのんびりと尋ねる。妻でありユリアの母であるカリンは下心のある品々を眺めながら氷の笑みを浮かべていた。

「ええ。存分に使わせていただきますわ。純粋にお祝いをしてくださっている方々へのお礼はお願いいたしますね?」

「それはもちろんだよ。我が家にとっても初めての孫だからね。祝ってくださる方にはきちんとお礼をしないとね」

カリンの言葉にうなずいた伯爵は微笑みながら執事に祝いの品のリストを作るように指示をした。

「旦那様、奥様、アルヴィス・ランベール様がお見えになりました」

侍従がやってきて来訪者を告げる。それは先日国境警備の任から戻ったばかりの長女エレノアの婚約者だった。

 伯爵とカリンが応接室に入ると、すでにエレノアが婚約者を迎えておりふたりで仲睦まじく話をしていた。

「これはお邪魔だったかな」

伯爵の言葉にアルヴィスが慌てて立ち上がって頭を下げる。伯爵とカリンは楽しげに笑いながらソファに座った。

「アルヴィス殿、国境警備の任からのご無事のお帰り何よりでした」

「ありがとうございます。この任を持って親衛隊に転属となる予定です。それよりも、ユリア様のご懐妊、本当におめでとうございます」

無事の帰還を喜ぶカリンに礼を言ってアルヴィスがユリアの懐妊の祝いを述べる。ふたりは微笑みながらうなずくと「これからが大変だ」と言った。

「今まで、誰もが陛下の御子を望みながらも産むのは自分の娘、または縁のある娘がいいと思っていた。御子がいなかったことで保たれていた均衡がこれで崩れる。不穏な動きを見せる貴族たちも出てくるだろう」

「すでに我が家に取り入ろうという方々からの品も届いています」

「今、後宮の警備は親衛隊が行っていると聞いています。私もユリア様の身に危険が及ばないよう、微力ながら務めるつもりであります」

アルヴィスの言葉にふたりは頼もしいと言って微笑んだ。

「ランベール男爵にもお力添えを願うことがあるかもしれない。よろしくお伝えしてほしい」

「わかりました。父も伯爵のためならば力を惜しまないと思います」

そう言って笑うアルヴィスに微笑み、ふたりは久しぶりの会瀬を邪魔しては悪いからと応接室をあとにしたのだった。


 翌日、アルヴィスは転属の挨拶のために王に謁見した。

 王の左右には宰相と親衛隊隊長の姿もあった。

「アルヴィス・ランベール、国境警備の任、ご苦労だった。明日からは親衛隊に転属だ。お前は弓の名手だそうだな?働きに期待しているぞ?」

「はっ。微力ではありますが、陛下のため、国のために身命を賭してお仕えいたします」

王から声をかけられたアルヴィスが深く頭を下げて忠誠を誓う。王はその様子にうなずくとアルヴィスに顔をあげるように言った。

「早速で悪いが、お前には後宮の警備にあたってもらう。今は大事な時期でもあるため、特別に後宮の中も警備させている。お前は我が妃であるユリアの姉の婚約者だろう?ユリアも多少知っている者のほうが安心するだろう」

「わかりました。ユステフ伯爵からもうかがっております。どうぞ、私のことは駒として、陛下の使いやすいようにお使いください」

にこりと笑って言ったアルヴィスに王は笑みを返してうなずいた。

「詳しいことはここにいる親衛隊隊長のライルに聞くといい。明日、王妃や妃たちにも謁見してもらう。後宮にはその旨すでに伝えてある」

「わかりました。しかし、私などが王妃様は妃の方々と謁見してもよろしいのでしょうか?」

「かまわない。後宮の中に入る者とは必ず顔合わせをしたいというのが王妃からの要望だ」

王の言葉にアルヴィスは納得してうなずいた。王妃は人を見る目が確かだということは両親から聞いていた。邪な気持ちを持って近づいた者は尽く返り討ちにあっていると。女が多い後宮に警護のためとはいえ男を入れるのは不安があるだろう。王妃は全員と顔合わせをして人となりを知ることでその不安を解消しようとしているのだろうと納得した。

「承知いたしました。明日、王妃様と妃の方々にご挨拶させていただきます」

アルヴィスの言葉にうなずいて王は謁見の間をあとにした。

 アルヴィスは親衛隊隊長に連れられて親衛隊の隊舎に連れていかれ、覚えなければならないことを叩き込まれた。

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険悪だと噂の後宮は実は暖かい場所でした さち @sachi31

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