サヘルの町

 シアンを連れた一行は予定どおり昼前にサヘルの町に入ることができた。町はそれなりに活気があったが、町の人たちの表情には陰りがあるように見えた。

 馬車が領主であるギルドア侯爵の屋敷につくと、体格のいい壮年の男が出てきた。

「ギルドア侯爵のご子息、ガモワ様ですね?私は親衛隊隊長、ライル・エストリアといいます」

馬からおりたライルが声をかけると、男はうなずいた。

「ご苦労だったな。父上から知らせはきている。荷物を取りにきたのだろう?そろそろ昼食だが、昼食はどうするつもりできたんだ?」

ガモワの言葉にライルは呆れてしまった。仮にも侯爵の子息であるにも関わらず、ガモワには品がなかった。

「シアン様の昼食も用意してありますのでお気になさらずに。早速荷物をまとめたいのですが、よろしいですか?」

「ああ、かまわん。部屋かシアンに聞くといい」

ガモワはそう言うとさっさと屋敷の中に戻ってしまった。

「シアン様、お部屋に案内をお願いできますか?」

「はい。こっちです」

ライルの言葉にうなずいてシアンが屋敷に入る。ライルとジル、他に数人の騎士が共に屋敷に入り、他は馬車のそばに待機した。


 シアンの部屋は屋敷の奥だった。それなりに広い部屋ではあったが、あまり日当たりはよくない部屋。そこは質素と言うにはあまりに物がなかった。

「ここが僕の部屋です」

そう言ってシアンが部屋に入る。彼はクローゼットを開けると数着の服を取り出してベッドにおき、机の上の本と女性物の髪飾り、ネックレス、そして引き出しの奥から指輪を取り出してその隣においた。

「持っていきたいのはこれくらいなんですけど」

「わかりました。では早速運んでしまいましょう」

ライルはうなずくと持ってきた箱に服や本を入れた。そして、形見があると聞いていたため持ってきていた鍵付の箱をシアンに渡した。

「大切なものはこの箱にどうぞ」

「綺麗な箱ですね。僕が使っていいんですか?」

細かい装飾がされた箱をシアンがそっと受けとる。ライルはにこりと笑ってうなずいた。

「その箱はルクナ公爵様からあなたへの贈り物です。本当は屋敷で渡す予定だったようですが、形見の品があると聞いていたのでお持ちしました」

「公爵様が。ありがとうございます」

シアンは驚きながらも大切そうに箱を抱き締めると、その中に髪飾りやネックレスを入れた。

「シアン様、その指輪はもしや、先王陛下からいただいたものですか?」

ライルが目を留めたのはシアンが箱に入れようと手にした指輪だった。

「はい。これはお父様がくれたものです。大事にしなさいって言われました」

「それはぜひ、指に嵌めておいてください」

「え、いいんですか?」

ライルの言葉にシアンが驚いた顔をする。ライルはうなずくと自分の剣の鞘を見せた。

「ご覧ください。この鞘に入っている紋章と同じものが指輪にもあるでしょう?」

そう言われてシアンが指輪を見る。確かに指輪にはライルの剣の鞘と同じ紋章が彫られていた。

「これは?」

「これは王家の紋章です。本来ならば王家の人間しか持つことを許されないものですが、親衛隊の隊長のみ、特別に持つことを許されています」

「え、じゃあこの指輪って」

「恐らく先王陛下があなたのために作らせたものかと。ですから、それは指に嵌めておいてください」

シアンは小さくうなずくと指輪を嵌めた。だが、まだ幼いシアンの指には大きくすぐに抜けてしまう。するとジルがネックレスのチェーンを差し出した。

「よければ使ってください。城に戻ってからもっと立派なチェーンと取り替えてネックレスにするといいですよ」

「ありがとうございます」

シアンは嬉しそうに笑うと指輪をチェーンに通してネックレスにし、首にかけた。

「その指輪のこと、侯爵はご存知なのですか?」

「いいえ、知りません。教えてはいけないってお父様に言われていたので」

シアンの言葉にライルはうなずいた。この指輪を最初から出していれば、シアンが先王の子であることは疑いようがなかったはずなのだ。

「では帰りましょうか。思ったより早くすんだので、昼食は町を出てからと思いますがいかがですか?」

「はい。お任せします」

ライルはうなずくとジルに荷物を持たせて部屋を出た。


 シアンたちが玄関に戻ると、騎士たちは立ち上がって出迎えた。

「何もなかったか?」

「はい」

ライルの問いに騎士が答える。ライルはうなずくと様子をうかがっていた侍従に目を向けた。

「我々はこれで失礼するが、ガモワ様へご挨拶は可能か?」

「挨拶は不要と言いつかっております」

「わかった」

侍従の言葉にうなずいたライルは騎士たちに帰還を告げた。

 シアンも馬車に乗り、その膝には母の形見が入った箱が抱かれている。生まれてからずっと住んでいた場所だが、シアンには寂しさはなかった。これからはもう少し外の世界を見れるだろうか、色々な人と出会えるだろうか。不安と少しの期待を胸に、シアンはギルドア侯爵の屋敷をあとにした。

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