ギルドア侯爵の領地
翌日、一晩王とキースと共にすごしたシアンはギルドア侯爵の領地の屋敷に荷物を取りに行くことになった。同行するのは親衛隊。ギルドア侯爵の領地であるサヘルは朝に出発すれば十分日帰りできる距離だった。
「シアン様、今日共に行くのは陛下の親衛隊です。私は隊長のライルと申します。護衛としてこのジルをおそばにおきますので、何かあったらジルに言いつけてください」
「ジルと申します。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
ライルの言葉にうなずき、ジルに挨拶を返す。シアンの礼儀正しい様子にジルは驚きながらもにこりと笑った。
「荷物もあるので馬車での移動となります。シアン様も馬車にお乗りください」
「はい。あの、荷物、それほど多くはないのですが」
シアンの言葉にライルとジルは思わず顔を見合わせた。
「それは、ルクナ公爵様の元に持っていきたいものが少ない、ということでしょうか?」
「いえ、元々僕のものってあまりなくて。服と、本が何冊かとお母さんの形見くらいしか」
その言葉にはさずがのライルとジルも唖然とした。
「本はだいたい侯爵様のものを借りてましたし。僕がでかけることもなかったので」
唖然としているふたりに首をかしげながらシアンが言う。シアンは物がないことを疑問にも思っていないようだった。
「自分のものがほしいと、思ったことはないのですか?」
思わずライルが尋ねると、シアンは苦笑して首を振った。
「お父様が来てくれて頃は色々もらったりしたんです。玩具とか。でも、お父様が亡くなってから、全部取り上げられてしまいました。だから、最初から持っていなければ、なくしたときに悲しくないかなと」
シアンの言葉にライルは返す言葉がなかった。
「すみません。変は話を聞かせてしまって。あの、今日はよろしくお願いします」
シアンは苦笑しながら言うとぺこりと頭を下げて馬車に乗った。
「隊長。珍しく表情が固まってますよ?」
「うるさい。侯爵のことだから、甘やかしたりはしていないのだろうと思っていたが、まさかここまでとは」
「まるで道具ですよね。ルクナ公爵も厳しい人だけど、さすがに年相応に可愛がってくれるでしょ」
ジルの言葉にライルは無言でうなずいた。子ども好きな彼女のことだ。きっと厳しいながらも愛情持って接するだろうとは思っていたが、シアンの境遇をしっかり話して少し甘やかしてもらったほうがいいだろうと思った。
シアンを乗せた馬車の前後を守るように馬に乗った騎士が配置された。護衛であるジルは馬車の真横を行く。王の視察ほどの人数ではないが、それなりの人数での移動となった。
ギルドア侯爵の領地であるサヘルには馬車で数時間。朝早く出たので昼前にはつく計算だった。今回、侯爵は同行していない。彼は王都の屋敷に残るとのことだった。その代わり領地の屋敷を守っている息子に話を通しておくとのことだった。
「ギルドア侯爵のご子息ってどんな方ですか?」
ひとりきりで馬車に乗っているのは退屈だろうと、馬車の隣を馬で移動しているジルが窓を開けさせて尋ねる。シアンは少し考えると「乱暴な人」と答えた。
「侯爵様に似ていないというか、すぐに手が出てしまう人です。だからか、侯爵様はあまりご子息を王都にはお連れになりません。本人はそれが不満なようでしたけど」
「なるほど。確かに侯爵の息子が王都に来たと聞いたことはないですね。夜会なんかでも見たことがないし。そうなると、侯爵の後継者は期待されていないのかな」
できの悪い息子よりできのいいシアンを傀儡の王とし、宰相の座に収まれば死ぬまで安泰。そんなことを考えていそうだなと思いながらジルはこれからそのできの悪い息子に会わなければならないのかと内心ため息をついた。
「あの、ルクナ公爵様はどのような方ですか?」
シアンに尋ねられたジルは驚いたようにシアンを見つめた。
「シアン様はルクナ公爵様のところに行くと聞いたんですが、どのような人かご存知ないのですか?」
「はい。昨日初めてお会いしました。ただ、お父様がとても強くて頼りになる妹がいるのだと言っていたので」
父がそう言う人なら頼っても大丈夫ではないか、そう思ったというシアンにジルは苦笑した。
「確かに強くて頼りになる方ですね。ただ、鬼のように厳しい方でもありますが」
「そうなのですか?」
「親衛隊は時々公爵が訓練をつけてくださるんですが、普段の訓練が易しく思えるほど厳しいですね。まあ、その分ご自分にも厳しい方ではありますが」
そう言って苦笑するジルにシアンは「僕も剣を習いたいな」と言った。
「自分の身くらい自分で守れるようになりたいです」
「それならルクナ公爵様に教えを請うといいですよ。あの方ほど適任な方はいませんから」
「はい!」
ジルの言葉にシアンはにっこり笑ってうなずいた。
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