兄弟

 王とシアンが王の私室についてすぐ、キースが到着したと報告があった。部屋に通すように言うとキースはすぐにやってきた。

「失礼します、兄上。遅くなりました」

「かまわないよ。急な話だったしね」

王が微笑みながら言うと、キースは王の向かいに座る少年に目をとめた。

「兄上、その子が?」

「ああ。私たちの弟のシアンだ。シアン、彼は私の弟のキースだ。」

「は、はじめまして。シアンと申します」

王に紹介されてシアンが慌てて立ち上がり頭を下げる。キースはその様子に小さく微笑むとシアンのそばに歩み寄った。

「はじめまして。カイエ公爵シアンです。なるほど。あなたは兄上の子どもの頃にそっくりですね。兄上、この子が私たちの弟であると確定したのですか?」

「ああ。調べさせはするが、確かに父上の子で、私たちの弟だろうというのが私や王妃、叔母上、宰相の見解だ」

そう言って王が先王がギルドア侯爵に託したという書簡を見せる。それを見たキースは苦笑しながらうなずいた。

「父上らしいですね。それで、この子の処遇は?」

「叔母上のところに行くことが決まった。もし私に子が生まれた場合、叔母上の養子となって後を継ぐことになるだろう」

王の言葉にキースはうなずいた。

「きみもそれで納得しているのかな?」

「はい。僕は、王になりたいわけではないので…」

キースに問われてシアンがうなずく。シアンの言葉にキースは意外そうな顔をした。

「きみは、侯爵に王になるように言われていたのではないのかな?」

「言われていましたけど、僕はお母さんと一緒にいられたらそれでよかったんです」

そう言ってシアンがうつむく。母親はすでに亡くなっていると聞いていたキースは苦笑しながらシアンの隣に座った。

「すまない。意地悪な物言いをしたね」

「シアン、お前にとって父上はどのような人だった?」

そっと肩を抱いて謝るキースに優しく声をかける王。シアンは顔をあげるとポツポツと自分が知る父親のことを話し出した。

「お父様は、時々しか会えなかったけど、優しかったです。お前には兄がふたりいるんだよってよく話してくれました」

シアンの話は王とキースには新鮮だった。亡き父の意外な一面を知ることができた。先王はシアンには息子たちのことをよく話していたようだった。

「だから、ずっと会ってみたかったんです。お兄様たちはどんな方たちだろうって、ずっと思ってました」

そう言って微笑んだシアンの表情にはもう侯爵といたときのような陰りはなかった。


 その日の晩餐、王は姿を見せなかった。

「今宵は陛下の弟君が滞在なさっています。キース殿下もいらっしゃっていますし、今宵はご兄弟で過ごされます」

「わかりました。では、陛下の弟君という方は、間違いなく先王陛下のお子でいらっしゃるのですね?」

カリナの問いに王妃は静かにうなずいた。

「わたくしたちはそのように思っております」

「その方には私たちもお会いできるのでしょうか?」

そう尋ねたのはエリスだった。

「明日はギルドア侯爵の領地の屋敷から荷物を持ってくるそうですが、そのままルクナ公爵様のところへ行くにしても、公爵様はしばらく王都に滞在なさいますし、会える機会はあると思います」

王妃の言葉に妃たちは小さくざわめいた。王の弟という少年に興味があり、お茶会などに誘えるだろうかとの思いもあってのざわめきだったが、周りにいた侍女や侍従たちには違うように見えてしまった。

 晩餐が終わり部屋に戻るとユリアはソファに座った。するとメイが気遣わしげにそばにやってきた。

「ユリア様、陛下の弟君という方、どのような方なのでしょう」

「そうね。でも、陛下や王妃様が受け入れられたのなら、私たちが何か言うことではないでしょう?」

「それは、そうですが。しかし、他のお妃様たちも心中穏やかではないでしょうに」

メイの言葉にユリアは不思議そうに首をかしげた。

「どうして他の方々も心中穏やかではないの?」

「だって、カイル様にしろその弟君にしろ、王になるときは陛下と王妃様の養子ということになりますでしょう?お妃様たちにお子が生まれればそのお子が王となり、生んだ方が王妃になることもできますから」

メイの言葉にユリアは納得した。晩餐のとき侍女や侍従たちの様子が落ち着かなかったのはそういう憶測があったからだったのだ。

「メイ、そういう勘繰りはおやめなさい」

「ユリア様は王妃になりたいとはお思いにならないのですか?」

「思いません。私は今のままで十分幸せです。だから、あなたもあまりそういうことを憶測で言うものではないわ」

ユリアの言葉にメイはシュンとして「申し訳ありません」と頭を下げた。

「メイ、湯浴みの用意をお願いね。今日は陛下もいらっしゃらないでしょうから、柑橘系の香油を入れてちょうだい?」

「承知いたしました」

ユリアは柑橘系の香りを好んだが、王がこの香りが苦手だったために王が訪れる日は使うことを控えていた。今日はきっと兄弟水入らずですごすのだろうからと言うユリアにメイは小さく微笑んでうなずいた。

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