幼い弟
シアンが落ち着くと王妃は優しく涙を拭い、紅茶を飲ませ、テーブルにおかれていた菓子を食べさせた。
「ずっと緊張していて疲れたでしょう?紅茶とお菓子をどうぞ」
優しい王妃にシアンはうなずいて紅茶と菓子を口にする。ほっと息をついたシアンに王妃は静かに問いかけた。
「あなたは、このまま侯爵の元にいたいですか?それとも、城か、ルクナ公爵のところへ行きたいですか?」
「ルクナ公爵様って、どんな方ですか?」
「あの方は先王陛下、あなたのお父様の妹君です。サヘルの町の領主をなさっています。厳しい方ですが、お優しい方ですよ」
王妃の言葉にシアンは考え込むように目を伏せて黙り込んだ。王妃は答えを急かすことなく、自分もゆっくり紅茶を飲む。後ろに控えているライルも黙ってことの成り行きを見守っていた。
「あの、僕、ルクナ公爵様のところへ行きたいです」
しばらくして口を開いたシアンからの答えはルクナ公爵の元へ行くことだった。
「ギルドア侯爵様は、ずっと僕を住まわせてくれたけど、このまま一緒にいるのはよくないと思うんです。僕は、王になりたいわけじゃないし、誰かと争いたいわけじゃないから。でも、侯爵様はきっとそうじゃない。僕を王にしようとするだろうし、そのために色々な人と争うと思うから、僕はそれは嫌です」
「あなたの気持ちはわかりました。城へくる、ということもできますが、ルクナ公爵様のところでいいのですか?」
微笑みながら尋ねる王妃にシアンはこくりとうなずいた。
「いきなり僕がお城へきたら、よく思わない人もいるだろうから。僕は、王様や王妃様の邪魔はしたくないです。だから、ルクナ公爵様のところへ行って、王様や王妃様のお役にたてるように勉強したいです」
シアンの瞳に迷いはなかった。王妃はにこりと笑ってうなずくと後ろに控えていたライルに目を向けた。
「親衛隊隊長殿、お聞きになりましたね?」
「はい。聞きました。シアン様のお気持ち、このライルもしっかり聞かせていただきました」
王妃の言葉にライルがうなずいて一礼する。王妃はうなずくと別室にいるギルドア侯爵や執務室にいる王たちを呼んでくるように言った。
「あなたのお気持ち、わたくしが皆様にお伝えしますね」
「はい。ありがとうございます」
王妃の言葉にシアンは初めて笑顔を見せた。
王妃に呼ばれて王とルクナ公爵、ギルドア侯爵、宰相が応接室に戻ってくる。王はソファに座ってシアンと対峙したとき、シアンの表情がさっきまでと違うことに気づいた。
「シアン様と色々お話しをさせていただきました。シアン様はルクナ公爵様の元で学びたいとおっしゃっています」
「おや、それは嬉しいですね。では早速今日からでも我が屋敷においでください」
王妃の言葉に公爵がにこりと笑う。それに異を唱えたのはギルドア侯爵だった。
「公爵様の元で学ばれるのはかまいませんが、今日からとはいささか急ではありませんかな?」
「シアン様のお荷物などありましょう。公爵様はしばらく王都に滞在なさるそうです。陛下も弟君とゆっくりお話ししたいでしょうし、今日は城へお泊まりいただいて、明日ギルドア侯爵の領地へお荷物を取りに行き、そのまま王都のルクナ公爵様のお屋敷に移られてはいかがですか?」
「そうだな。荷物を取りに行くのには親衛隊を貸し出そう。そうすれば荷物が多くても一度で済む」
王妃の言葉に王もうなずいて言う。ギルドア侯爵はそれ以上異を唱えることができなかった。それ以上何か言えば、何か私心ありと疑われてしまうのは明白だった。
「わかりました。それでかまいません。しかし、すぐに公爵様の養子となるわけにはいかないでしょう。シアン様の後見人が私であるということは、お忘れなく」
「わかっておりますよ。私にとってもシアンは可愛い甥。大切に養育させていただきます」
ギルドア侯爵の言葉にルクナ公爵は美しい笑みを浮かべて答えた。
謁見はそのまま終了し、シアンは城へ泊まることになった。ギルドア侯爵が帰った後、王と王妃、ルクナ公爵はほっと肩の力を抜いた。
「リーシュ、大丈夫かい?」
「はい」
侯爵の前でも毅然とした態度で話をしていた王妃を王が気遣う。王妃は少し疲れた顔をしながらもにこりと笑った。
「わたくしより、シアン様を気に掛けてあげてください。陛下の弟君なのですから、たくさんお話なさるといいですわ」
「陛下、今日は後の執務はありませんのでご安心ください」
「ずいぶん用意のいいことだ。シアン、皆の好意に甘えて、少し話をしようか?」
「は、はい…」
王の言葉にシアンはまだ緊張しながらもうなずいた。
「では私の部屋においで?さすがにふたりきりにはなれないが、ライルなら先程も一緒だったし大丈夫だろう?」
シアンがうなずくのを見て王が立ち上がる。王はシアンとライルを連れて先に応接室を出ていった。
「では、私も執務の調整などありますので失礼いたします」
「ええ。ありがとうございます」
一礼する宰相に王妃が礼を言う。今日の執務は本当はまだあったのだが、これから宰相が明日以降にまわすように調整するのだ。王妃はそれを知っているが故に礼を言ったのだが、宰相は「これも仕事ですから」と言って出ていった。
「王妃様はあの子は害がないと判断されたのですね」
ふたりきりになると公爵が王妃に声をかける。王妃はその問いににこりと笑った。
「あの子に王になる意思はありません。ですが、このままではギルドア侯爵の手駒として何をさせられるかわらかない。だから侯爵から引き離したかったのです」
「やはり侯爵の思惑があったのですね」
公爵の言葉に王妃は表情を険しくしてうなずいた。
「先王陛下がご存命のうちは王の子として遇されていたようですが、お亡くなりになってからは王になるための勉強ばかりをさせられていたようです。そして、母親がシアンを連れて逃げようとしたところ、母親は閉じ込められてしまったのだと」
「そうですか。侯爵にとってあの子はさぞ都合のいい手駒だったでしょうね。見たところ気弱でもある様子。少し脅せば言うことをきく。玉座に就けることができれば、自分が影で操ることができると思ったのでしょうね」
「はい。ですが、きっとあの子は本当はとても頭の良い聡明な子です。そして、芯の強い子だと思うのです。あの子は自らギルドア侯爵の元を離れてルクナ公爵様の元で学びたいと言いましたから」
王妃の言葉に公爵は少し驚きながらも「屋敷に引き取るのが楽しみです」と言った。
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