妃たちへのお目見え

 シアンたち一行が城についた頃にはすっかり夜になっていた。馬車をおりたシアンを王と王妃が迎える。シアンは驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。

「おかえり。疲れただろう?」

「ただいま、戻りました。皆さんが気を遣ってくれたので疲れませんでした」

シアンの言葉に王は安心したように微笑んだ。

「夕食の用意は部屋にさせるから、今日のところはゆっくり休みなさい。明日、王妃が妃たちにシアンを紹介したいそうだから」

「お妃様たちにですか?」

首をかしげるシアンに王妃が小さくうなずいた。

「皆様、あなたにお会いしたいとおっしゃるので。明日の午前中、侍女を迎えにやりますから、わたくしの部屋においでください」

「わかりました」

うなずいて微笑むシアンをジルが部屋まで連れていく。王は報告を聞くためにライルを連れて執務室に入った。


「ギルドア侯爵の領地はどうだった?」

「町に活気はありましたが、跡継ぎの息子はあまりよくありませんね。侯爵もそれがわかっているから自分が生きているうちにできるだけの権力を手に入れようとしているのかもしれませんが」

執務室には王とライルだけ。王の問いに対するライルの答えは辛辣だった。

「荷物の引き渡しは問題なく?」

「はい。恐らく侯爵の息子はシアン様に興味がないのかと。出迎えに出てきただけで、帰りは姿も見せませんでした」

ライルの言葉に王の眉間に皺が寄る。ライルは王の機嫌がさらに悪くなるのを承知で言葉を続けた。

「シアン様ですが、本当に荷物が少なくて驚きました。侯爵の屋敷から持ってきたものは衣類と本が数冊、あとはお母様の形見の品と先王陛下から賜ったという指輪だけでした」

「指輪?」

「はい。王家の紋章がある指輪です。侯爵もそれは知らないそうです」

「侯爵が知っていれば、もっと早くにシアンを城へ入れていただろうな。自分が後見として、次代の王とするために」

王の言葉にライルは無言でうなずいた。

「ご苦労だった。シアンは明後日には叔母上の王都の屋敷に行くことになると思う」

「承知いたしました」

一礼するライルに王は小さく笑みを浮かべた。

「ライル、これから叔母上を独り占めできなくなるな?」

王の言葉にライルは一瞬目を丸くしたあとクスクスと笑った。

「いえ、あの方は普段おひとりですから。これで寂しい思いをせずにすみます。私は、あの方に家族を持たせてあげられませんでしたから」

ライルの声は悲しげだった。ライルの家柄ならば、王の妹を嫁にもらうこともできただろう。だが、それはしなかった。ライルには兄がいた。家を継ぐのは兄だ。ライルの両親はエカテリーナと結婚するならライルではなくライルの兄をと言った。そこにはライルの意思も、エカテリーナの意思も関係なかった。だからふたりは結婚せず、生涯独身であることを選んだのだ。ライルは両親への意趣返しの意味も込めて。

「叔母上は幸せだと思うよ?退役したら、叔母上の護衛として屋敷に住み込むといい。そうしたら、堂々とそばにいられる」

王の言葉にライルは驚きながらも微笑んで頭を下げた。

「ありがとうございます。まだまだ退役するつもりはありませんが、そのときは公爵への推薦をよろしくお願いします」

ライルの言葉に王は笑顔でうなずいた。


 翌日、妃たちは王妃の部屋に集まっていた。部屋にいるのは王妃の侍女だけ。ずっと気になっていたシアンと話せるとあって、妃たちは皆そわそわしていた。

「シアン様は昨夜お帰りになられたのでしょう?まだお疲れでしょうか?」

「馬車での移動は意外と疲れますしね」

「疲れたときはレモンの砂糖付けがいいのですよ?」

楽しそうに話す妃たちを眺めながら王妃は静かに微笑んだ。

「シアン様は明日には公爵様のお屋敷に行かれるそうです。城でカイル様と共に学ばれるのか、公爵様のお屋敷で学ばれるのかはまだわかりませんけど」

「公爵様もしばらく王都にいらっしゃるんですよね?」

「公爵様とのお茶会も楽しみです」

後宮での生活は穏やかだが代わり映えのないものだ。退屈している妃たちは日常が変わる気配にうきうきしていた。

「失礼します。シアン様がおいでになりました」

「お通ししてちょうだい」

侍女の言葉に王妃がうなずく。うなずいた侍女はすぐにシアンを部屋に通した。

「あの、おはようございます」

「おはようございます。昨夜は休めましたか?」

穏やかに微笑む王妃にシアンがうなずく。妃たちはソファから立ち上がるとそれぞれ一礼した。

「お初にお目にかかります、シアン様。私はカリナと申します」

「イリーナです」

「エリスです」

「ユリアです」

「「よろしくお願いします」」

カリナから順に挨拶をした妃たちにシアンは緊張した様子で頭を下げた。

「シアンです。よろしくお願いします」

「皆様、シアン様にお会いできるのを楽しみにしていたのですよ?さ、こちらにどうぞ。お茶にしましょう」

王妃の声で妃たちもソファに座る。シアンは王妃の隣に座ったが落ち着かないようだった。

「こんなに綺麗な女性たちに囲まれたのは初めてです」

「あら、嬉しいことを言ってくださいますね」

「ルクナ公爵様のもとに行かれるのなら、これからは時々お会いですきますわね」

「一緒にお茶会ができるのを楽しみにしていますわ」

にこにこと楽しそうな妃たちの様子にシアンは驚きながらも嬉しそうに笑った。

「シアン様、これからはわたくしたちは家族も同様。急には無理かもしれませんが、頼ってくださいませね?」

王妃の言葉にシアンは目を見張り、くしゃりと顔を歪めてうなずいた。

「ありがとうございます」

「ルクナ公爵様なら大丈夫とは思いますけど、もしギルドア侯爵から何か言われたら、すぐにおっしゃってくださいね?」

「ルクナ公爵様に言えないことでもお聞きしますから」

カリナとイリーナが微笑みながら言う。エリスとユリアもにこりと笑ってうなずいた。

「皆様、急にきた僕なんかのために、ありがとうございます。なんだかお姉様がたくさんできたみたいです」

はにかみながら無邪気に言うシアンに王妃や妃たちも嬉しそうに目を細めた。

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