謁見
午後、予定の時刻となり王と王妃、ルクナ公爵は応接室に入った。部屋には宰相と親衛隊隊長も控えていた。
「ギルドア侯爵がいらっしゃいました」
扉の前に立っていた騎士から取り次ぎがあり王がうなずく。侯爵と共に入ってきたのはまだ幼さの残る少年だった。
緩い癖のついた金髪を肩で切り揃え、瞳は青。華奢でどこか気弱そうな少年は確かに先王の面影があり、何よりリアム王が子どもの頃によく似ていた。
「失礼いたします。こちらが先王陛下の遺児、シアン様です」
「お初にお目にかかります。シアンと申します」
侯爵に目配せされて少年が頭を下げる。王はうなずくとふたりに座るよう言った。
「まずは急な謁見となりすまなかったな。だが、ことの真偽を確かめるなら早いほうがいいだろうと思ってね」
王が小さく微笑みながら言うと、シアンはこくりとうなずいた。
「侯爵、侯爵の話に矛盾はない。この子を見れば確かに父上の面影もある。だが、城に迎え入れるにはこの子が確かに父上の子であるという証がほしい」
「それは承知しております。こちらをご覧ください」
そう言って侯爵が取り出したのは蝋で封がされた封筒だった。封蝋には王家の紋で押されていた。
「これは先王陛下がもしシアン様を城へ迎えてもらうとき、確かに先王陛下のお子であると認めてある書簡です」
侯爵の言葉にうなずき王はその封筒の中身を確かめた。確かに手紙にはシアンが先王の子であるということ。もしリアムに子が生まれなければシアンを城へ迎えて後継者としてほしいことが書かれていた。
「確かに、この字は父上のものだ」
「では、シアン様を王家の一員と認め、城へお迎えくださいますか?」
「いきなり城へとはいささか急ぎすぎではありませんか?」
そう声をかけたのはルクナ公爵だった。
「先王の子であるなら私にとっても甥。まず私の養子に迎え、落ち着いてから城へ入ってもよろしいのでは?」
「私が後見ではご不満ですかな?」
公爵の言葉に侯爵が眉間に皺を寄せる。公爵はにこりと笑って「まさか」と言った。
「私はこの通り独身で子もおりません。この年齢になればこれから私が子を生むこともないでしょう。しかし、陛下は違います。陛下はまだお若く、お妃様たちも十分に懐妊が可能な年齢です。今急いでシアンを後継者として、もし陛下にお子が生まれたらそれこそ争いの種となりましょう。ですから、私が養子として迎え、カイルと共に帝王学を学ばせましょう。陛下にお子が生まれなければカイルかシアンを後継者とすればいい。しかし、お子が生まれたときはシアンには私の後を継いでもらいたいのです」
公爵の言葉にも矛盾はなかった。確かに後々王に子が生まれた場合、カイル、シアンよりも血筋としては後継者に相応しいということになる。その場合、カイルはキースの後を継ぐことになるだろうが、シアンは放り出される形になる。それを避けるためにも公爵が養子に迎えることはシアンにとっても有益なことだった。
「シアン、お前はどうしたい?」
「え…私、ですか?」
王に声をかけられたシアンが驚いたように目を見張る。その様子に王は違和感を覚えた。
「そうだ。これはお前にとっても将来を左右する大事な話だ。お前はどうしたい?」
王の言葉にシアンは視線をさ迷わせ、うつむいてしまった。
「シアン様は繊細なお方、急にそのようなことを言われましてもお困りでしょう」
侯爵の言葉に王は険しい表情をした。
「あの、よろしければシアン様とお話がしたいのですが」
そう言ったのは王妃だった。公の場で言葉を発することが極端に少ない王妃からの言葉にさすがの侯爵も驚いた顔をした。
「今日初めてお会いしたのですし、陛下もシアン様も戸惑っておいででしょう。皆様少し落ち着かれるためにも休憩なさるのがよろしいかと」
「そうだな。侯爵、王妃とシアンがふたりで話をしてもよいな?」
「もちろんかまいません」
王の言葉に侯爵はうなずいて立ち上がった。
「では、私は少し席を外しましょう」
「私たちも一旦執務室に行く。部屋にはライルを残していくがかまわないか?」
「はい。ありがとうございます」
王妃がうなずくと侯爵と王たちが応接室を出ていく。残ったのは王妃とシアン、そして親衛隊隊長のライルだけとなった。
「シアン様、王妃のリーシュと申します」
「あ、はい。あの…」
うつむいたままのシアンに王妃が声をかけると、シアンはビクッと顔を上げて口を開いた。だが、何を言っていいのか、何を言うべきなのかわからないようで何か言いかけてはやめてしまうということを繰り返していた。
「シアン様、焦らなくても大丈夫です。何か言いたいことがおありなら、ゆっくりでかまいませんからお話しください」
王妃自身も緊張していたが、それでもまだ幼さの残るシアンの緊張の仕方が異様に見えて心配になってしまった。話は王と公爵に任せてシアンの様子を観察していると、どうやら隣に座るギルドア侯爵を気にしているようだった。だからふたりで話がしたいと言って侯爵から離したのだ。
「シアン様はギルドア侯爵が怖いですか?」
「どうして、ですか?」
「隣に座る侯爵をずっと気にしていらしたでしょう?落ち着かないようだったので、そう思いました」
王妃の言葉にシアンは驚いた顔をした。その表情が年相応に見えて、王妃はふわりと微笑んだ。
「あの、私が、ここにきて、ご迷惑ではありませんか?」
「迷惑ではありませんよ。確かに、陛下の弟君がいると聞いて驚きましたけど、迷惑ということはありません」
そう言って微笑む王妃にシアンはどこか安心した顔をした。
「迷惑だと思っていたのですか?」
「侯爵様が、陛下はきっといい顔をなさらないからと。でも、自分が必ず王にしてやるから、言うとおりにしていろと」
シアンの言葉に王妃の表情が険しくなる。その表情にシアンが怯えた顔をするので王妃は慌てて小さく微笑んだ。
「怯えなくても大丈夫ですよ。しかし、あなたは王になりたいのですか?」
王妃の言葉にシアンはふるふると首を振った。
「私は、王になりたいと思ったことはありません。お父様が生きているうちは、侯爵様も優しかったです。でも、お父様が亡くなったら、急に勉強をしろって、色々と勉強をさせられて、お母さんは僕を連れてお屋敷を出ようとしたけど、見つかって、お母さんはずっと部屋に閉じ込められて…」
話しているうちにシアンの瞳から涙が溢れる。王妃は立ち上がって隣に座るとそっとシアンを抱き締めた。
「わかりました。お辛かったですね」
王妃の言葉にシアンは声をあげて泣き出した。
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