先王の御落胤

 御前会議の後、ルクナ公爵は屋敷へは帰らず城へ入った。そのまま王の執務室に向かう。護衛の騎士に取り次ぎを頼むとすぐに執務室に通された。

「失礼します。陛下、大丈夫ですか?」

執務室には王の他に宰相のロベール・ラルシュがいた。この宰相は先王の晩年から宰相を務め、その実直さと手腕を買われて王が代替わりしてもそのまま宰相を務めていた。

「叔母上、叔母上はこのことをご存知でしたか?」

疲れたように苦笑する王の言葉に公爵は首を振った。

「いえ、存じませんでした。しかし、確かに兄は晩年よく狩りに出掛けていましたし、日帰りをするほうが少なかった。あり得る話だろうと思いました。宰相殿は何かご存知で?」

「いえ、私も知りませんでしたが、公爵様同様、あり得ると思いました。恐らくそれがわかっているからギルドア侯爵も強気なのでしょう」

「とりあえず本人に会わないことにはなんとも言えんか」

ふたりの言葉に王はため息をついた。

「今日の御前会議が終わったら避暑の予定だったが、そうもいかなくなったな」

「いえ、いっそその子どももお連れになったらどうですか?侯爵から離せば、何か聞ける話もあるかもしれませんよ?」

公爵の言葉に宰相は驚きとともに険しい表情を浮かべたが、王はまんざらでもなさそうな顔をしていた。

「まあ避暑の話はおいておくにしても、今日の午後の謁見は王妃を同席させる。彼女の人を見る目は確かだ」

「できれば私も同席させていただきたいのですが、いかがでしょう?もし本当に兄の子というなら、私にとっては甥にあたりますし」

公爵の言葉に王はうなずいた。

「叔母上も同席してください。キースにもこのことを知らせましたが、午後の謁見に間に合うかはわかりません」

「陛下、謁見は謁見の間でよろしいですか?」

宰相の言葉に王は首を振った。

「いや、応接室を使う。謁見の間では興味を持った貴族たちが廊下で待ち構えているだろうからな。ギルドア侯爵の話が本当なら、恐らく領地から出たことはないだろう。カイルとは違うんだ。いきなり私利私欲にまみれた大人たちの視線にさらすことはないだろう」

「承知いたしました。では応接室のほうをご用意いたします」

「頼む。私は一旦部屋に戻って食事にする。午後の始業には執務室に戻る」

そう言って立ち上がった王をふたりは頭を下げて見送った。


「ロベール、どう思う?」

執務室にふたりきりになると公爵は宰相に尋ねた。

「恐らくその子は王家の血を継いでいるのではないかと。そして、ギルドア侯爵はその子を次の王にして己が宰相になりたいのでしょう」

宰相の言葉に公爵はうなずいた。公爵の見立ても同じものだった。

「だいぶ年だろうに、いつまで野望を持ち続けるのか」

「野望や野心というものは長生きの秘訣かもしれませんね」

皮肉のように言いながらふたりは乾いた笑い声をあげた。

「ともあれ、午後には御落胤がいらっしゃいますから私は準備をいたしますね」

「頼む。なにか、子どもの好きそうな菓子なども用意してやるといい」

宰相は公爵の言葉にうなずくと、共に執務室を出て応接室のほうに歩いていった。

「さて、私は後宮のご機嫌伺いにいくか」

きっと後宮のほうも御落胤のことで騒ぎになっているだろうと公爵は後宮に向かって歩き出した。


 王は昼休みのために後宮に入ると妃たちの侍女を呼んで御落胤のことを話した。午後にはその者が城へくること。本当に王家の血を引くものか調べること。騒ぎになるだろうが、妃たちには落ち着いていてほしいことを伝えそれぞれの妃の元へ帰した。

「陛下…」

侍女たちが出ていくと王妃は心配そうに王のそばに寄り添った。

「せっかく離宮に避暑に行けると思っていたのに、お預けになりそうだ」

「それはかまいませんが、御落胤というのは本当なのですか?」

王妃の言葉に王は苦笑しながらうなずいた。

「恐らく本当だろう。宰相と、叔母上もそこは同意した。問題は、その子の年齢だ」

「陛下やキース殿下の弟君になられるのでしょう?お若いのですか?」

「13歳だそうだ。カイルと4つしか違わない。これではカイルではなくその子を時期国王にと言われても拒否できない」

王はそう言ってため息をつくとソファに座った。

「教育はずっとギルドア侯爵がみていたらしいし、帝王学も今からカイルと学んで問題ないだろう」

「…問題なのは、その子ではなく後見人のほうですか?」

隣に座った王妃の言葉に王は困ったようにうなずいた。

「さすがだな。そうだ。ギルドア侯爵は野心家だ。それはいい。だが、その子を王に担ぎ上げて自分が宰相になるというのは困る。彼に今以上の権力を与えるわけにはいかない」

「その子を私たちの養子にすることはできないでしょうか?陛下にとっては弟でしょうが、それほど歳が離れていらっしゃるなら、養子にしても問題はないのでは?」

「それは恐らく侯爵が納得しないだろう」

養子に迎えるというのは王も考えたことだった。だが、恐らく侯爵は納得しない。それに、その子本人がどのような人間なのかわからいうちに決めてしまうのは危険だった。

「リーシュ、謁見にはきみも同席してくれ。叔母上も同席してくださるから」

「わかりました」

王の言葉にうなずいて王妃はそっと王の手を握った。

「陛下、少しでもお食事をして、休んでくださいませ」

「ありがとう。そうするよ」

王妃の微笑みにうなずいて王はやっと肩の力を抜いた。

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