夜営

 昼食は休憩もかねて小川のそばの開けた場所で摂った。ちゃんとした場所や道具がない中で美味しい料理ができることにユリアが驚いて料理人を褒めると、料理人の男性は真っ赤になって涙を浮かべて礼を言っていた。

 少し休憩してからまた馬車に揺られる。食後ということもあってカイルはキースにもたれて眠り、ユリアも少しうとうとしてしまった。

 夜営地に選ばれたのは大きな湖のそばの開けた場所だった。周りに民家はない。馬車が停まると親衛隊の騎士たちを中心に周りの安全を確認し、天幕を張り始めた。

「皆さんすごいですね。あっという間に天幕が」

「彼らは夜営に慣れているからな。ユリアは夜営は初めてだろう?」

「はい。私は初めてです。だからちょっと楽しみなんです」

手際のいい騎士たちを関心したユリアが見つめる。その間に王の侍従を中心にテーブルや椅子が用意され、お茶の準備がされる。王は椅子に座るとユリアを呼んだ。

「ユリア、お茶にしよう」

「あ、はい。私ったらすっかり夢中になってしまって」

声をかけられたユリアがハッとして恥ずかしそうに王のそばにやってくる。椅子に座るとメイが紅茶を出してくれた。

「メイ、ありがとう。騎士の方々だけでなく、侍従や侍女も手際がとてもいいのですね」

「私の移動についてくるものたちは特に手際がいいだろうな。準備や片付けに手間取るとそれだけで時間をとられるから」

「本当にすごいのですね」

ユリアの言葉に周りにいた侍従や侍女、声が聞こえるところにいた騎士たちの表情が緩む。王はそれに気づくとクスクス笑った。


 日が暮れる前に天幕の用意ができ、王とユリア、キースとカイルはそれぞれの天幕に入った。

「思ったよりも広いのですね」

手前がリビングのようにソファやテーブルがおかれ、布で仕切られた奥にベッドがある。簡単な浴室も仕切られた場所に作られていた。

「とても居心地がいいのですね」

「そうだな。外に声が聞こえるのが難点ではあるが、居心地は悪くない」

クスクス笑う王はゆったりとソファに座った。

「慣れぬことで疲れたろう?明日の午前中には次の目的地につく」

「次の場所も滞在は1日ですか?」

「その予定だな。それからまた別の町に移動してから王都に帰る」

「王妃様たちは大丈夫でしょうか?」

心配そうなユリアに王はクスクス笑った。

「大丈夫さ。今までも私がいなかったことはある。それに、王妃は外に行くよりは後宮にいるほうが楽だろうしな」

「それは確かにそうですが…」

ユリアが苦笑すると王はユリアの手を引いて隣に座らせた。

「陛下、お疲れですか?」

隣に座ったユリアの膝に頭を乗せて横になる王に、ユリアはクスクス笑いながら尋ねた。

「そうだな。少し疲れた。夕食の時間になったら起こしてくれ」

王はそう言うとそのまま眠ってしまった。

「お珍しい。本当にお疲れなのね」

王がいつも通りに振る舞っているように見えて、実はいつも以上に気を張っているのはユリアにもわかっていた。

「メイ、毛布をちょうだい」

ユリアが隅に控えているメイに声をかけると、メイはすぐに毛布を持って近づいた。

「ありがとう」

「いいえ。ユリア様、何かお飲みになりますか?」

「大丈夫よ」

ユリアも疲れているのではないかと心配そうにするメイにユリアはにこりと笑った。受け取った毛布を王の体にそっとかける。少し髪を撫でても起きない王の寝顔は幼く見えた。


 夕食は王の天幕でキースとカイルと共に摂った。少し眠った王はいつも通りの笑顔でキースと楽しそうに話していたし、ユリアもカイルとの会話を楽しんだ。

「明日行く場所はどのようなところなのですか?」

「明日行くのはコクトの町だな。鉱山の麓の町で、宝石の採掘や、狩りが盛んだな」

「あそこにはあそこでしか採れないコクト石という漆黒の宝石があるのですよ」

王の説明にキースが補足する。コクト石はユリアも知っており、驚いたように目を丸くした。

「コクト石が採れる場所なのですか。私の母がひとつだけ小さなコクト石のついた指輪を持っていますけど、黒いのにとても綺麗な宝石ですよね」

「コクトの町はコクト石の採掘で豊かになっている場所だからな。だが、採り尽くせばそれで終いになる。領主には採掘以外にも何か特産となるものを見つけてほしいのだがな」

王の言葉にキースは苦笑してうなずいた。

「領主はカスツール子爵でしたか。彼は悪い人ではないですが、少々楽天的ですからね」

カスツール子爵と聞いてユリアは思い出した顔があった。父が友人だと何度か屋敷に連れてきたことがあったのだ。

「カスツール子爵なら私も存じ上げています。父が親しくしていたようです」

「ほう?ユステフ伯爵が」

「まあ、確かに子爵は楽天的ではありますが、欲にまみれた貴族、といった方ではありませんからね」

ユリアの父と似たところはあるとキースが納得する。王もユリアが子爵と会ったことがあると聞いてどこかホッとした表情を浮かべていた。

「面識があるのなら、嫌な思いはしなくてすみそうだな」

「陛下、私のことを心配してくださるのは嬉しいですが、陛下は他にも気に掛けなくてはいけないことがたくさんあるのですから、私のことはお気になさらなくても大丈夫ですよ?」

ユリアの言葉に王は苦笑しながら肩をすくめた。

「そうは言われてもな。心配なものは心配だ」

「それほどユリア様が大切だということですよ。でも、今回は私もそばにいますし、少しは頼ってくださいね?」

「私はいつも皆に頼りっぱなしだよ」

キースの言葉に王は困ったように笑いながらうなずいていた。

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