次の町まで
翌朝、王たちが食事をすませると侍従や侍女があっという間に荷造りをして出発の用意をした。そのあまりの早さにユリアとカイルは目を丸くしてしまった。
「どうやら侍女や侍従たちの間でも何かあったようだな。ヒギンズ、何があった?」
クスクス笑いながら王が声をかけたのは王の侍従であり全ての侍従を束ねるヒギンズだった。ヒギンズは白いものが混ざりはじめた髪をオールバックに撫で付け、背筋を伸ばして王のそばに立っていた。
「さて、特にご報告申し上げることはございません」
表情を変えずに言うヒギンズに王が苦笑した。
「お前がそういう顔をしているときはたいてい面白くないことがあったときだ」
王の指摘にヒギンズが軽く目を見張る。その様子にユリアやキースは思わず笑ってしまった。
「お前との付き合いも長い。それくらい私でもわかるさ」
「失礼いたしました。しかし、本当に些細なことですのでお気になさらずに」
咳払いして表情を改めたヒギンズは一礼すると準備ができたか見てくると部屋を出ていった。
「使用人たちの間でいったい何があったのやら」
「それを言うなら護衛のほうもでしょう。昨夜、大変だったのでは?」
キースが微笑みながら後ろに控える護衛たちに目を向ける。4人は顔を見合わせると「特になにも」と言った。
「おやおや。揃いも揃って隠し事が上手だな」
王は苦笑すると隣に座るユリアに目を向けた。
「ユリア、今夜は夜営することになる。色々不便だろうが、我慢してくれ」
「夜営ですか?私、始めてです。楽しみですわ」
そう言ってにっこり笑うユリアに王は微笑んだ。
「慣れないことが続くと体調を崩すこともある。少しでも具合が悪いと思ったら遠慮せずに言うのだよ?」
「はい、ありがとうございます」
ユリアは王の言葉にはにかみながらうなずいた。
一行は予定より早くドルマルク男爵の屋敷をあとにした。男爵や娘たちは名残惜しそうにしていたが、王は当たり障りなく宿の礼をのべて馬車に乗った。
馬車が動きだすと町に入る時同様、道の両側に人々が集まり手を振っている。王たちはその様子に微笑みながら手を振って歓声に応えた。
町を出ると穏やかな風景が広がる。ユリアはその風景にほうっと息を吐いた。
「ユリアはこういう景色が好きか?」
「はい。穏やかで、とても落ち着きます。人がたくさんいる町も賑やかで好きなのですけど」
王に問われてユリアが微笑む。王は少し考えるとにこりと笑った。
「では今度、王妃や妃たちを連れて少し出掛けよう。城のそばの森には美しい湖もある」
「まあ!それは楽しみですわ!」
王の提案にユリアがパッと笑顔になる。とても嬉しそうな様子に王は目を細めた。
「兄上は幸せですね。素敵な王妃様と可愛らしいお妃様に囲まれて」
ふたりの様子にキースが冗談めかして言う。王も「そうだろう?」と言って笑った。
「お前も優秀で可愛らしい息子たちがいて幸せだろう?」
「それはもちろん。子どもたちは私に宝物ですから」
にこりと笑ってうなずくキースがカイルの頭を優しく撫でる。目の前で宝物と言われたカイルは照れくさそうに笑っていた。
「カイル様の弟君はどのような方なのですか?」
ユリアが尋ねると答えたのはカイルだった。
「弟たちは6歳と3歳なんです。とても可愛いです」
「末の息子は少し成長がゆっくりで、最近やっとたくさん話をするようになったんですよ」
「そうなのですね。カイル様はきっと素敵なお兄さんなんでしょうね」
目を輝かせて弟たちのことを話してくれたカイルにユリアが微笑むと、カイルは恥ずかしそうに頬を染めてうつむいてしまった。
「末の息子がなかなか喋らないと言っていたが、どうやら大丈夫そうだな」
「ええ。一度喋るようになったらどんどん言葉が増えて、乳母が驚いていました」
以前から末の息子のことを聞いていた王が安心したように言うと、キースは微笑んでうなずいた。
「今度、下の息子たちも城に連れておいで。王妃や妃たちも喜ぶ」
「ありがとうございます。では、兄上が離宮においでになるときに、ご挨拶に連れていきます」
王とキースのやりとりを聞いていたユリアは離宮と聞いて首をかしげた。
「陛下、離宮というのは?」
「ん?ああ、ユリアは知らないか。毎年、夏の暑さが厳しい時期に1週間ほど離宮に避暑に行くんだよ。王妃と妃たちを連れてね」
「あそこは近くに川もあって中庭には池も作ってあるので涼しいのですよ」
王とキースの言葉にユリアはまだまだ自分が知らないことが多いのだと思いながらうなずいた。
「それは楽しみです」
「ちょうど祭りの視察を終えたら離宮に行く予定になっているからユリアには忙しい思いをさせてしまうな」
「そんなことをありません。知らないことを知れたり、知らない場所に行くのはとても楽しいです」
ユリアの素直な言葉に王はクスッと笑ってユリアの髪を撫でた。
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