第十二話 こんな格好で「同級生大作戦」だなんてっ!

 そこは王宮か神殿を思わせる場所だった。

 綺麗に磨き上げられた廊下を歩く3つの人影。靴音、特に先頭の濃いグレーのパンツスーツ姿に灰色がかった桜色の長髪を揺らす女性のヒールの音が響く。


 女性になったもののああいうのを履きこなせる気がしない。コンバースのスニーカーでいいよ、と後ろ姿を追いながらアサギは心で呟く。今履いているローファーもずいぶん歩きにくい。隣で咲は物珍しさに我慢できず視線だけ縦横無尽に動かしている。

 ここは国会議事堂内の議員庁舎。クソ親父こと浅葱青一郎議員の執務室に向かっているところだ。



 少し遡る――。



 駅に降りた二人はまずトイレに入った。

 咲が用意した服に着替えようと取りだした途端にアサギは愕然とした。それは女子高生の制服だった。個室に入っている以上問いただすわけにもいかず、何か作戦があってのことだろうとアサギは渋々着用したところサイズがぴったり過ぎてうすら寒さを感じたがひとまず飲み込む。

 スカートの丈が短い……。ご丁寧に下着まで変えるようメモ紙が添えてあった。事前に知らせたら百%突き返したからだろう。


 表面の気飾りを多少女性っぽくするのは少しづつしていたが、ここまであからさまに女子の格好をするのは初めてで恥ずかしさがこみ上げてくる。たぶん顔が、耳まで赤い。

 ドアを控えめに4回ノックされ、はい、と返事をすると「できた?」と囁く声。今出る、と返し、脱いだ服を畳みリュックに片付け、意を決して個室の鍵を外す。音も無く静かに滑るようにドアが開き、太ももの半分近くまで見せつけるブレザー姿を公衆に晒す。


「素敵!」


 迎えた咲は思わず叫んで抱きついた。朝のラッシュを終えた駅のトイレに外の人影が無かったのは幸いなことだった。そのまま照れるアサギをひとしきり愛でた後で鏡の前で髪を結い、整える。仕上げにコロンをスカートに裾にワンプッシュすると爽やかな香りが鼻をくすぐった。


 そうして向かった国会議事堂脇の議員庁舎。各議の執務室があるその場所へと歩みを進めながら「主役は身軽でいなくっちゃ!」と着替えを入れたリュックを奪われ後に引けなくなったアサギに咲は右手人差し指を天に向けて作戦を告げる。


「ずばり! 同級生大作戦! だよっ!?」


 きゃぴきゃぴな格好で自身もルンルンな咲はブレザーのジャケットではなくニットセーター姿。スカート丈は自分よりやや長くしているのを見てアサギはずるいと思ったが「アサギくん脚が長いんだよー」と言われた日には何も言えなくなってしまった。

 それにしても足の間を風が抜けてスースーする。なんて心許ないのだろう。


 庁舎に辿り着きセキュリティチェックを受ける。顔の映像を執務室に直接送り面会許可が下りて初めて入ることができるという。守衛が少し訝しんだがなんとか取り次いでくれることになった。


 顔を写されてからしばらくしてヒールを甲高く鳴らしパンツスーツの女性がやってきた。昨日のサイン会県講演で司会をしていた人だ。

 不機嫌な表情で「議員が是非、と言っています。どうぞこちらへ」とぶっきらぼうに言うとアサギたちの返事を待たず踵を返し早足で進む。


「本当に訪ねてくるとは非常識な子どもたちですね。私は貴女たちが怪しくてたまりませんが議員が会うというのでお連れします。くれぐれも下手なことなさいませんよう。何かありましたら物理的に首が飛ぶことを覚悟してください。アポなしですのでスケジュール無理やり空けましたので面会時間は五分です。五分経ちましたら迎えに上がりますので即刻退室してください。後がつかえていますから延長は出来ません。オーバーした場合物理的に首が飛ぶことを覚悟してください。議員にもしものことがあった場合は首括りがいいか電気椅子がいいか選んでおいてくださいね。一応規則で遺書を書くこともできますのでその点ご心配なく。なんなら代筆しておきますので」


 歩くペースを緩めることなく女性はそういい捨てる。


(物理的に首が飛ぶって2回言ったぞ。こぇぇ)

 冗談には全く聞こえなかった言葉にアサギの背筋は凍った。異世界むこうで冒険していた頃でもそうそう体験したことの無い種類の恐怖だ。

 隣とチラ見すれば咲は静かに自分の唇に人差し指を当て目で訴える。命の危機と、余計なことを言えば面会そのものが無くなるかもしれないという危惧からか。アサギはもう観念するしかなかった。



「こちらです」5分ほど歩くと女性が立ち止まり、振り返る。「よろしいでしょうか?」

 二人は神妙な顔でお互いに目配せし、こくりと頷く。

 こんこんこん、とリズムよく三度ノック。どうぞ、と中から声が聞こえる、扉越しでくぐもっているが、懐かしい声色だった。


 扉を開け、失礼します。と軽く頭を下げると中に入ってドアを押さえアサギたちが入るのを促す。

「失礼します」と咲が先に入る。控えめな声量ながらしっかり張った声だ。こういうときの藤村咲は肝が据わってる。

「失礼します」とアサギも続くが緊張して震え喉が圧迫されたような小声になる。

 通されたのは六畳一間のアパートほどのそう広くない飾り気のない部屋だが机や応接テーブルセットなどは重厚な造りで頓着の無いアサギにさえ高級そうだという雰囲気が伝わってくる。不用意に割ってしまいそうな花瓶などが無いだけ有難かった。


「来たか」


 一面書籍で埋まった壁……埋め込み式本棚に向かい座っている者の後頭部だけが見える。その髪色はアサギと同じ浅葱色。

 くるりと椅子が向き直る。交わる視線。間違いない、昨日買い物中に興味本位で覗いたら最前線に突き出された挙句にケンカを売った相手……浅葱青一郎その人だ。


灰桜ハイザクラ君、下がってくれて構わない、忙しいだろう」

「……はい、ありがとうございます」


 扉を閉め塞ぐように待機しようとしていた女性へ浅葱青一郎が声をかける。

 上司の言葉に素直に応じたかと思えば豹変して綺麗な顔から発せられる眼光の鋭さは研ぎ澄まされた刃物。



「くれぐれも粗相の無いように。五分経ったら迎えに来ますので」


 圧倒されて頷くしかない。




 仄かに香る桜の香りを漂わせ「ハイザクラ」と呼ばれる女性は一礼し隣室へと下がった。

 ドアがほんのわずかに音を立てて閉じられる。


「さて」


 立ち上がり近づく浅葱青一郎。


「こんなところに押しかけてきて、君は一体どういうつもりかね?」


「あんたが来いっていったんだろうがぁっ!!」


 アサギは叫ばずにいられなかった。


「ふむ、細かいな。それも短気ときた」


 しげしげと品定めするように四方八方上下左右前後裏表頭のから足の爪先まであらゆる角度から眺める。もはや覗きともとれる変態行動。


「ふむ、今日は臭わないな……」

「だぁぁぁぁぁ‼ 嗅ぐなぁ!」

「しかしこの香りは……ミントに柑橘……?」

「ご名答です。ライムミントの香りなんです」

「君が選んだのかい?とても素敵だ」

「恐れ入ります」


 咲のセンスに感心したのかうっすらと口元に笑みを浮かべるが、そのまま筋の通った小鼻を犬のように動かし香りの出所を確かめる浅葱青一郎。もしかしてスカートの中見たりしないだろうな!? と裾をつままれそうになり慌ててアサギはスカートを抑える。


「いい加減にしろよっ!」

「ふむ、似ているのもわかる、面影もある。だが君を息子だと確定する要素が無くてだね」


 赤くなるアサギに対し浅葱青一郎は表情を戻し答える


「生年月日でも答えたらいいのかよ!」

「それではダメだ、短絡的な娘よ」

「あぁ!?」


「息子を探すのに手を尽くした。個人情報も晒した。だからもうそんなものは広く知られているのだよ」


「……」


「挨拶をしていなかったね。失礼した。遥々はるばるようこそ。息子の同級生を名乗るお嬢さん方。我が息子のこと忘れずにいてくれて嬉しく思う」


 裏があるというか、演技が買った物言い。


「しかし訪れたのが今日というのはただの偶然、というわけではないのだろう?」


 整然と整えられ、飾り気のない室内に唯一ある写真立て。

 浅葱青一郎はそっと手に取る。


「は?」


「わざわざ青磁の命日に青磁の名を騙って来たんだ、それなりの訳があるのだろう。情報提供か?いくらほしいんだ?百万か?千万か?一億か?」


「どういう……」


 何の話をしているのかアサギには分からなかったが、浅葱青一郎の言葉で理解することになる。


「行方不明者が死亡扱いになるまで7年。昨日でちょうど7年だ」


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