第十三話 実の息子だと信じてもらえないなんて!!

「なっ……死亡扱い……」

「これで君たちが金目当ての脅しで来たのならば無駄足もいいところ、骨折り損のくたびれ儲けだな」


 ふう、と小さくため息をつく浅葱青一郎。アサギは続ける言葉が見当たらない。自分が死んだことにされているのだ。7年間物理的に存在しなかったのだから当然だと理解できるものの実感はなく鈍器で殴られたかのような衝撃が走っていた。


「死亡届は受理された。浅葱青磁を名乗ることにもはや意味はない。しかしながら、君が真に浅葱青磁でありその証明ができるのならば養子という形で我が家に受け入れることは可能であろう」


「!?」


「私に取り入る目的であれば、そんな突っかかるような言動では逆効果なのは誰が見ても明らかだ。それなのに君は最初から一貫してその言動だ。やっているのは損得ではないことなのは分かる。考えられるのは、ただ私に息子を思い出させることで精神的な苦痛を与えたいからか、或いは本物の青磁だからかのどちらかだろう」


「親父……」


「いつまでも我が息子のフリを続けるお嬢さん。君は一体誰なのかね?」


 静かな眼差しでアサギを見つめる浅葱青一郎。

 怒りや悲しみの色は見えない、もっと深い諦めの色が瞳に宿っていた。


「だから……浅葱……青磁だっつってんだろ……」

 両の拳を強く握り、俯き加減で恨めしげに呟くアサギ。事実を伝えても信じてもらえない子どものように。


 会話が途切れ、気まずい沈黙が場を支配し、壁に掛けられたシンプルな丸い時計の秒針を刻む音だけが響く。5分しか時間が無いというのに。

 どうすればこの分からず屋の父親に息子だと理解させることができるのだろう。迫るリミットに気持ちが焦りアサギは言葉が紡げない。程よい空調のはずなのに額と背中に汗がにじむ。


 気が気でなくなってきたアサギの後ろに控え見守っていた咲がゆるふわウェーブの髪を揺らしながらアサギに歩み寄り、並び、一歩前に出た。


「ご無沙汰しています、おじさま。覚えておいでか分かりませんが、藤村咲です。アサギ君の件では何かとお世話になりました」


「藤村……あの藤村さんか……!? 君は確か……」

「はい、色々ありましたが周りの助けもあり今はこうして元気でいます」

「そうか……うむ、そうだな。息災で何よりだ……。青磁の捜索の折には大変世話になったな……あのときはありがとう」


 自分のことで精一杯だからだろうか、アサギには二人のやり取りがさっぱり分からなかった。


「しかし、この場にいるということは……そうか、君が裏で糸を引いているのか。金が目的か? そうだろ? そういう輩は腐るほど見てきた。面倒だから渡してきた。はした金で黙るのだから安いもんだ。ははは……藤村君、君もそうだとは……」


 浅葱青一郎が言い終わらないうちに何かを激しく叩きつける音がした。アサギが靴で床を思い切り踏み鳴らしたのだ。本当は何かを手で叩きたかったのだが周囲に何もない位置で立ち尽くしていたため音を鳴らすにはこれしかなかった。思い切り踏みつけた右足の裏が微かに痺れる。


「親父……。てめぇ言っていいことと悪いこととあるだろ。証拠もねぇのにフジムラを悪者に仕立ててんじゃねーよ。仮にも議員サマなんだろ。話聞けよ……」

「アサギくん……」


 怒りをにじませるアサギの声は少年の時のものに近く感じ、咲は懐かしさに心がときめいた。


「俺が青磁だって証明してやりゃいいんだろ。他言無用、誰も知り得ない秘密をここで吐いたら満足か?あぁ?」


「初恋の思い出。転校初日、消しゴムを貸してくれた」

「初デートの思い出、公園でピクニック。焦げた卵焼きと夕立」

「初キッスの思い出、やべぇ歯ぁ磨いてねぇ」

「初えっちの思い出……」



「うわぁぁぁぁぁぁぁ! やめろばか! 人前で言うやつがあるか!」


 アサギはスラスラと語りだす。

 先ほどまでの堅苦しい態度から一転、急激に取り乱す浅葱青一郎。


「分かっただろ?」

 ニヤリ、とようやく笑みを浮かべるアサギ。とっさに思い出した切り札だった。


「アサギ君それは……」

「秘密の合言葉。親父と母さんの甘酸っぱい思い出。こんな立場だからな。家族しか知りえない情報で本人確認だ」


 人前で暴露され机に突っ伏し頭を抱える浅葱青一郎。アサギがその頭頂部を見つめているとゆっくり顔を上げ揺れる眼でアサギを見つめて言う。


「ま、まさか、本当に青磁だと言うんじゃないだろうね?」

「……そのまさか」

「ウソだろ……おい。青磁、本当に青磁なのか……どれだけ血眼になって探しても、影も形も遺品の一つも見つからなかったって言うのに、こんなに後になってのこのこ出てきやがって……なんだよその恰好。冗談もいい加減にしろよ、父さんをからかってるんだろ……」


「……」


 端から嫌いな父親に対してどう思われようがどうでもよく、からかうのにこんな面倒なやり方するわけないだろ、と言いたかったがあまりに狼狽える父親の姿にアサギはほんの少しだけ胸が痛んだ。


「そんな美少女の姿で……私を困惑させて……」

「アサギくん……」


 咲は浅葱青一郎に体を向けたまま上体をねじりアサギを見つめる。平気なようでいるが好きで女の子その姿になったわけではないアサギの心の内を思うと心が苦しい。どうにか親子が和解できればと思ったが仲を取り持てるほど弁は立たなかった。


「外見はアレだが、正真正銘、浅葱青磁だ。こうなったのには深ーい理由があるんだ。だから、ちゃんと説明する時間をくれ」


 アサギの申し出に浅葱青一郎が口を開きかけると、声が発せられるまでのわずかな隙間にドアのノック音が三度。先ほど外で聞いた音を今度は室内から聞く。

 「失礼します」灰桜と呼ばれたパンツスーツにハイヒール姿の女性がまるで繰返しの再生のように同じ動き同じ姿勢同じ歩幅で浅葱青一郎の前にやってくる。


「お時間ですが?」

「すまない。混み入った話だ。30分予定をずらす」

「はぁ!?ふざけないでください!!ただでさえ無理矢理なスケジュールなんです!!今から調整しろとか私に死ねと言うんですか!?」


 灰桜は澄ました表情を歪ませ、今日のランチで食べたいものを言う感覚で返事をした浅葱青一郎のネクタイを掴み詰め寄る。身長差は歴然だが気迫では勝っている。


「わ、分かった! 悪かった! 分かったからピンヒールで脛を蹴るのはやめたまえ!! 痛い! 痛い!」


 灰桜は浅葱青一郎のネクタイから手を放しアサギたちに向き直る。浅葱青一郎は脛を抑えてうずくまり机に隠れ見えなくなり、痛みに苦しむうめき声だけが聞こえる。どれほどの強さで蹴ったのだろうか、想像すると悪寒が走る。


「というわけですので、お引き取りいただいてもよろしいでしょうか?」


 アサギたちに向き直り微笑みを無理やり表情筋に張り付けた灰桜が言う。

 勿論その声は少しも笑っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る