第七話 助けに来たのがこんな失礼な奴だなんて!!
「いい大人が力ずくで女の子にチューしようとするのは感心しないっすねー。まぁ若者でもダメっすけどねー」
「何なんだ君は!?」
乱入してきた男――Tシャツの上にジャケットを羽織った長身、逆光で顔ははっきり見えないがアサギと同い年くらいの青年のよう――に驚き、半分裏返った声を上げただらしない体形の中年男は発汗を加速させる。
「んー?何すかねー?聞かれると困っちゃうっすねー。少年……とは違うなぁ。青年?っすかねぇ。生物的には男で間違いなさそっすねー。霊長類とか、ホモサピエンスとか?それだとアンタも
ククク、と肩を震わせて笑う。
「な、何がおかしい!」
喚く声は途中で裏返る。唾が飛び飛沫が顔にかかり完全にとばっちりのアサギは果てしなく不快な気持ちになる。
「ククク、お腹痛い……。あれ?分かんないっすか?センスねぇっすねぇ~」
男なのにおんなじ……。男と女を掛けたシャレなんだろう多分。アサギは気付いたもののくだらなさ過ぎて何も言う気が起きないでいた。
「なぁおっさん、早いとこどけよ?こんな状況でこれ以上やる度胸ねぇだろ?」
アサギはできうる限り低い声で言い睨む。
でぶでぶ男の顔は離れているものの未だ腕を掴まれて壁に押し付けられたままの姿勢。気を逸らされているのに抜け出せないほど非力すぎる自分にも助けたいのか何したいのか分からない男にもアサギはイラついている。
「あぁ?やったらいいじゃないっすか。見ててあげるっすー。もちろん、した瞬間にぶん殴っすよー。」
「……」
なんだこいつ。野次馬か。人を殴る口実を作りたいだけか。おっさんからは返事の言葉は無かったが、ちらりと向けられた視線に卑猥なものを感じた。
「あ?やらねぇんすかー?こんなかわいい子にちゅーできるんすから、そのあと殴られるくらい平気じゃないいすかー??ビッグチャンスっすよー?」
左肩を壁に付けてもたれながらあおる言いっぷり。逆上して本当にされかねない。
「……っぁーあ!うぜぇ!どいつもこいつも邪魔しやがって!どけ!!」
クズは何処までもクズらしくアサギを一度壁から浮かせ乱暴に壁に叩きつけるようにして離すと青年を押しのけてガニ股で去っていく。
「ってててて……」
叩きつけられた背中と変な形で掴まれていた腕が痛む。
「おいおい、大丈夫っすかー?」
「はぁ!?てめーが焚きつけたんだろうが!」
怒り任せに言い放つ。半分は自分への怒りだが、抑えられず言ってしまう。
「助けてくれた礼は言う!ありがとな!でももうちょっと助け方があんだろーが!!」
「かわいい顔して酷い言葉遣いっすねー」
「……っるせ!事実だろーが。てめー嫌われるタイプだな!」
どこかずれた物言い。さりげなくかわいいと織り交ぜられて顔が熱くなる。
「ああ、昔からそうっすねー。よく言われっるっす。クラスメイトを軽くからかっていたつもりが結構いじめてたらしくて……二人失踪してるっす」
さらりととんでもないことを言う。からかわれる側だった自身の過去と重なりとても聞き流せず怒りが湧きたつ。
「はぁ!?てめ、ふざけんじゃねぇ!!」
端正な顔をゆがませる気持ちでアサギは青年頬目がけて思いっきりグーパンチをかます。
男は微動だにせず直撃を受ける。確かに直撃、クリーンヒット。しかしびくともしなかった。
「な……」
少し、悲しげな瞳。その桜色が微かに揺れている
「言われて当然、殴られて当然っす。自分は計り知れない痛みを人に与えてきたっす。だから今は悔いて贖罪のためにこうやってお節介焼をしてるっす。罪を償えるわけじゃない、自己満足なのはわかってるっす。それでも何もしないではいれなく体が動いちゃうんす。だけど、どうしても人の怒りを買っちゃうんす………」
思いがけない告白に動揺する。知ったこっちゃないことだが、こいつもまた痛みを抱えた一人の人間だと思うと一方的に怒りをぶつけることができず憤りは静まっていく。
力が抜けた頃に突然、アサギの体が男に抱き寄せられた。
「怖い思いをさせちゃったっすねー。よしよし」
分厚くはないが引き締まった体に触れ、頭を撫でられ、さらに頭に血が上る。
「な……、な……」
何が何だか混乱する。
だが同時に、こっちの世界に戻ってきてから抱えていた不安が少し溶けるような感覚、触れ合う人のぬくもりに安心してもいいのかと思ってしまう。
「……ふむ、聞いた通りちょっと匂うっすねー」
鼻がちょうどつむじの真上にあり、くんくんと鼻を動かしている気配が伝わる。
「あ"ぁ!?ケンカ売ってんのかよ!!」
前言撤回。咄嗟に平手打ちをかます。さっき殴ったのと同じ右側。壁に挟まれた狭い空間で立てた音は想像以上に大きく反響する。
デリカシー無い。
確かに3日ばかり風呂に入っていない。でもまだ3日。旅をしていればザラだった。気にしてないわけじゃない。入りたくても入れない状況だ。
「今のほうが痛かったっす」
「はっ、かっこつけてんじゃねぇよ。てめーは犯した罪で一生苦しんどけ。あのクソオヤジと一緒だ!」
7年ぶりに見た父親の顔が脳裏に浮かぶ。思い出したらまたむしゃくしゃしてきた。
今すぐこの場を離れたかったが、助けてもらった相手に二度も暴力振るって立ち去ったではさすがに悪さが過ぎる。
バツの悪さを感じつつアサギは2つの穴がつながったパーカーのポケットに両手を入れる。
右手を出し、中からくしゃくしゃになった紙切れを差し出す。
「ん?なんすか?……これは……!」
「礼だ。あのクソからちょろまかしたのさ。隙だらけだからな」
手にしていたのは脂ぎった中年が見せびらかしていた一万円札だった。
「どうして……」
「どうして君のようないたいけな少女がスリなんてするんすか……とでも言いたいのか?このすっとこどっこい!とことんふざけんじゃねぇ。生きるために決まってんだろーが」
言われたことももちろんそうなのだが、どうしてそんな言葉のセンスなのか。と言いたいのは心にそっとしまっておく。二度あることは三度ある。もう一発くらい殴られそうだ。
微妙に口真似されたのもくすぐったく感じる。
鋭い目で見つめてくる顔の美しさに一瞬目を奪われる。
かわいいだけでない、芯の通っているのが滲み出てて顔に現れているのだろう。
「返すっす。お礼が欲しいわけでもないっす」
お札をくしゃくしゃに握って突き出された拳をそのままそっと押し返す。
「君のように困窮してもいないっす。今日は何も見ていないことにするっす。君が常習的にそんな手口を繰り返すようなら、あの手の輩にわざと襲われて盗みを働いていると認識して然るべき措置を取ることになるっす。それは嫌なのでこれっきりにしてほしいっす」
目を見ると照れてしまいそうだったが我慢して少女の持つ吸い込まれるような瞳の青を見つめる。
「はっ、偽善者ぶりやがって。知るかよ。盗りたかったから盗っただけだ」
アサギは押し返された手を再びパーカーのポケットに仕舞う。
「……忠告はしたっす」
「ご丁寧にどーも」
少女が歩き出したので引き留める理由が思い浮かばない青年は自分の体で塞いでいたビルのすき間から抜けて少女に道を開ける。
一気に駅前の喧騒が耳に入ってくる。少女は男に背を向け歩き出す。と、3歩目で止まり振り向かないまま言う。
「あ、ついでにいっこ聞きてえんだけど」
「なんすか?」
「未成年が酒飲む方法しらねぇ?」
「………………無いっす」
深い、深いため息をつくことになった。
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