日菜の贈り物
妹に勧められたライトノベルはあらすじと冒頭から現代ファンタジーと見受けられ読んでみれば事実そうであった。 よく魔法や超能力で簡単に説明してしまえるような細かな内容を飽きさせることなくそれでいてしつこさもない、伏線としてちりばめられており要所で読者がつまずかないように考慮されていた。
何故ライトノベルを書いているんだ?
そう思えるくらいに洗練された一作であることを認めた上でライトノベルだからこそ万人受けせず売り上げと人気の伝播の足りなさにいまいち歯がゆさを感じた。
しかし妹である日菜がなぜこの作品を薦めたのかはよく分かる。
日菜には小説家になって欲しいという私の意見を汲み取った上で差し出された一冊だと言うことに。
──ライトノベルでもこんなにおもしろいさくひんはあったんだよ兄さん、私もこんな素敵な作品を生み出したい、この
少なくとも出版の経験のないライトノベル作家志望の日菜にとっては目標にすべき頂の一角なのだろう。 発行部数は現時点で五十三万部、コミカライズしていないのが不思議なくらいだ。 さらに調べてみたところ作中で邂逅を果たした人気キャラの外伝も刊行されるようだ。
「めちゃくちゃ読みたい」
『買えよ』
カフェの店員さんが思わずたじろぎ何事か聞きに来るも見猿と覆った両の手ごと首を向け「なにもなかっだ」と剣士の恥だけは拭うことに成功した。
対面に設置したタブレットから四分割された液晶の右上を担うボイスオンリーから突っ込みを受けながらも謎の抵抗を見せるべく──まあ、皆の意見が欲しいだけなのだがね──反論を開始する。
「続きが気になる、だが続きは日菜が持っているんだ」
『借りればいいのでは?』
ボイスオンリーとは異なる左上の長髪めがね女子がコーヒーブレイクをするアイコンのまやくんからまたド正論をぶつけられ脆弱に受け流す。
「借りたらまけではなかろうか」
『くっだらね』『詳細キボンヌ』
「なんだろうか……借りたら日菜がラノベを書くのを認めてしまうようで行動に移すのがね。 もちろん私の許可とか束縛で人生を決めるなんて無下な行為するつもりはない、しないんだが……」
『あっちーは小説を書いて欲しいと?』
「そうなるね」
『ドヤんな』
別れを告げられ情緒が不安定になってしまったカップルの片割れのようによりどころを求めマグカップの熱に助けられる。 いまは暖かければなんでもいいから優しさに包まれたいのだ。
「素直に夢を目指すことを祝福できない私はやはり疫病神だろうか」
『めんどくせ、かに漁船だからもう切るわ』
かに漁船から連絡なんて取れるわけないだろうに、そんなていたらくな言い訳で切り断たれてしまうくらいに私は今、相当にめんどくさい男なのだろう。
分かっちゃいるがやめられない、本当の意味で分かっていないのだから。
依存と言われてしまえば否定したくなる現状を打開するには自らが折れることでしか惨状を乗り越えることはできないのだ、いつだって兄は妹を受け止めるべき存在である。
なら答えはもう出ているではないか
兄として
「……迷惑をかけたね」
謝辞もここまでと礼を含めて通信を切り会計を済ませておうちに帰ろうか、今日のご飯は魚の気分。 煮物がいいなそうしよう。 土鍋でご飯を炊いて先月漬けた漬け物の染み具合に汁物はお吸い物だな。
立ち上がりレシートをたたんでしまいバッグの確認よし、妹が待つ我が家へ帰ろう
日菜の好きなシュークリームにチーズケーキを奮発。
私は例え日菜をお嫁さんにしようとする男にだって容赦ない試練を与えるだろうが幸せにしてくれるのなら問題はないのだ。
日菜がライトノベルを書いて幸せになるのならそれで、いいではないか
「やあ! 帰ったよ日菜、今日は食後にデザートを」
重荷を落とす。 重力のせいではなく力が抜けたから
いつも玄関先で迎えてくれる妹の後ろに男がいたのだ。
抱きしめる形で
「あっ……あ」
「兄さんこれは」
「はっ は?」
状況が理解できないが?
だが屋根の下、男が抱擁する形で妹を……あ~あ、そういう
「誰なんだオマエはアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」
私は咆哮した。
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