第4話 日菜がラノベ志望

「ああぁ……」


 今世紀始まってどころか新元号発表よりも恐ろしい出来事。


 妹、ライトノベル志望。


 私にとっては未知との遭遇に相応しかった。


 どこでその選択肢を発現させるイベントが発生したのか、私にはわからぬ。


「どうすればいいと思う」


「好きにやらせてあげれば」


 対面の彼女は焼き鳥をつまみながら答える。 実にありきたりな回答である。 100人に聞いても真摯に受け止めてもらえるかどうか、期待というよりかは不安を一緒に受け止めて欲しかったが、突き返される形となった。


「日菜には小説家になってもらいたいんだよ」


「エゴでしょ」


「分かっちゃいるんだがどうしても」


「依存と一緒、第三者的に見れば異常なほど分かっちゃいないわよ」


「はああああああああ」


「クソデカため息やめてくれる? こういうのはマヤチーに相談しなさいよ」


「まや君に相談するなんてナイフを向けながら歩み寄るようなものだろう?」


 もっとも、言葉で整形された不可視の刃物だが


「あんたがどうしたいかを相談に来たの? 妹がどうしたいかを報告しに来ただけ? さっきから会話のキャッチボールが一往復で完結してるけど」


「前者を報告した上で後者を相談しに来たんだよ、そのために連絡したんだ」


「報連相だけは完璧ね、中身はスッカスカだけど」


「甲は乙に対してもっと積極的に食いついて欲しいものだね」


「すみませんつくね二本追加でー」


「食いつくねえ」


 甲は乙ならざる乙に注文を申した。


「あんたこの前のホモ、また重版したでしょ。 おごんなさいよ」


「その話はやめてくれ!」


 過去の黒く塗りつぶされた歴史を適度な頻度で開閉されるのはなにぶんやめてもらいたいものだ。


「そもそもラノベなんてあんたの家にないでしょ、学校行ってたっけあの子。 図書室で読んだとか友達から借りたとか?」


「妹はつい最近までちゃんと通ってたし読んでる本は逐一教えてくれるよ、そして先月、辞めた」


「あんたらしくない説明ね、言葉がジェットコースターしてるわよ」


「会話は推敲できないからね」


「頭ん中ですんのよ、普段からしてんじゃない。 鶏皮いらないならもらうわよ」


「構わないが本題に戻ってもいいかい?」


「別にいいけど、これ以上なにを話すのよ。 妹の説得でもするき?」


「いや、実の所ライトノベルを書くのは別にいいんだ。 ただね」



「書くなら小説を出版してからにして欲しいんだ」


「強欲ね」


「妹ならできるさ」


「あんたもできたもんね」


「だからそれは」


「ナニとは言ってないわよ?」


「……」


「次の店行きましょ、あんたの家で続きでもいいわよ」


 冷蔵庫に余り物があるからと伝えたのに買い足しでコンビニに付き合い舞台は我が家へ向かう。 妹のことで相談をしたのに妹が待つ住まいへ第二ラウンドとは時代が時代なら彼女は恐れ知らずの官軍だ、マグマの周りで休日だって過ごすだろう。


「好きに書かせてあげればいいのよ、別にラノベ書いてから小説家にだって慣れないわけじゃないんだし」


「周りからの偏見がすごいと思うんだ私は」


「その発言こそが偏見よ、ライトノベル作家が芥川なんて取ったら有名人じゃない」


「それでもライトノベル作家が小説を書けるのと小説家がライトノベルを敢行するのは感じ方が違うだろう」


「そんな受け取り方の違う伝え方で言われてもねえ」


 家までの道を歩きながら発泡酒を開けて喉を苦しませると発声練習のようにあともいとも言えぬ声をあげて袋を漁る。


「全く、家まで待てないものかね」


「止められるならとっくにでしょ、私の飲酒を止まられないようじゃ日菜ちゃんも止められないわね」


「はあ」


 どうしたものか。


「あんただって側から見れば人のこと諭せるような人生送ってないでしょ」


「まあね、日菜も私があの家を買ったものだから立派な小説家だと取り違えているからね」


「実際は下手な鉄砲が大物を陸に打ち上げただけだもんねえ」


 そうなのである。


 売れない作家時代、私はあらゆるジャンルに手をつけ各部門一作づつ長編を書き上げた。 己に課したそれはやはり、得意不得意の表れか一次落ちするものもあれば最終まで残り、生みの親である私ですら予想だにしなかったが銀賞を取ってしまった。


 自身の乱発した豆鉄砲は巡り巡って私の眉間をくらわせたのだ。 

 その作品は流行を生み出し短期間で重版を七回もしていただいた、その節は本当にたくさんの方々に助けられたものだ。


 続編も期待を寄せられ二作目を発売。 前作に比べて売り上げは見下ろされる側だったが今でもこまめに重版がかかってくれている。


 しかしこの作品の出版は私に取って思いもよらぬ不幸中の幸いなのである。

 SNSアカウントは一気にで6桁を超えた。


「いや、私のことはどうだっていいんだ。 大事なのは日菜の今後で」


「じゃあ、あんたも言いなさいよ。 日菜ちゃんにちゃんと自分が


「……」


「無理でしょ?」


「ああ無理だ、私と言う奴は本当に……最低だ。 自分のことを棚に上げて本人の未来をどうこうしようだなんて結局自分が誇らしいと思いたいだけなんだ」


「賢者するのやめてくんない」


「おかげで冷めたよ、無理強いは、よくないな」


 2本目の発泡酒に手をかけるところで動きが止まる。 彼女もようやく据えた腰を楽にできると安堵したのか目の前に玄関というとこまでついたからフック路に戻してくれたのかは猫箱だが、それでいいじゃないかそれで


「じゃあ好きに書かせてあげるのね」


「ふっ何をしれたことを」


 玄関の鍵穴を塞ぎ開錠すれば妹が出迎えてくる。 ドア越しでも音は響くから今のうちに伝えておこう。


「ダメに決まってるじゃあないかっっ!」


「ダメだこいつめんどくせえ!!」

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