第3話 日菜のラノベ志望 後編

 「ほんと久しぶりだ〜! 覚えてるかな、あくるくんの同級生で時々プリントとか家に持ってきてた」


「……わかんない」


 この人はなんなのだろう。 


 突如としてなだめられたと思えば店の裏側で待たされそのまま手を取られファミレスだ。 ハンバーグとエビフライのセットをご馳走になっている。 彼女は紅茶だ、それもミルクたっぷりの


「あ、ドリンクバーとか欲しかった?」


「そんなに飲め、ない」


 海の幸と陸の幸を支配せし鉄板に加え七色の名水ツアー参加権を与えられそうになり理由を付けて一歩後進。


「単品で頼もっか、メロンソーダでいい?」


「なんでそんなに優しくしてくれるの?」


「え、朝君の妹さんだからだよ。 すみませーん」


 恩義か? 兄さんは彼女に返し切るのに途方を思わせるほどの恩を

 はたまた義をもって勇を実行と移す者なのだろうか。 もしそれが彼女にとって当たり前なら悟りの域である。 もっとも、前者が問いの解とはすでに出ているが


「お兄さんと」


「お待たせしましたー」


「はーい、ほら日菜ちゃん食べて食べて。 かーわいい」


「……お兄さんとどういった関係なんですか」


「今は秘密」


 エビフライの尾から口内に詰め込みながら肉の盛られたプレートと彼女、魁傑海鼠魂かいけつなまこたましいさんを交互に見つめる。 どうやら本当にこちらの食事を楽しそうに見ておられる。 何が楽しいのかとも一案を捻るが恐らくわたしのお兄さんと同じなのだ。 「美味しそうにご飯を食べてくれる人が好き」兄さんの口癖だった。


「日菜ちゃんラノベ読むんだね、ちょっと意外かも朝君からはライト文芸も目を通さないて聞いてたから」


「あ、うぇ?」


 状況が読めぬ。 わたしがライトノベルを? いつ? 失礼だが誤報である。


 アニメは軽く手をつけてはいるがライトノベルは読んだことがないのだ。 


 正確にはすぐ綴じた。 


 開いてすぐ受け付けなかったのだ。 その後も調べてどうにか読める文章力の作家を見つけてアプリで試し読みを行い、全ての作品が読めた物ではないわけでないことを知るが、それでもあらゆるジャンルに手を出そうとして読める程度の作品を指運で引き抜くなんて博打には手を染められなかった。 


 SF小説の感想を2chなどで漁ってたらSF警察のダメ出しで不快な気分になるのと似ている。 


 それに歴が浅いので素直に生まれた時代が早かったと言うことで小説を読んでいる方が良い、持論である。


 しかしなぜ私がライトノベルを?


「どうかした?」


「私、読まないよ」


「えーでも今日のは」


「!!」


 まさか、と思い紙袋を急速にかつ丁寧に開封する。 彼女の声に被せるようにしてとった行動は封の中から『燼の王』と書かれたライトノベルを取り出すに至った。


 おもむろにページを捲るとそこには達筆に魁傑海鼠魂先生とサインがあった。

 

 どうやらペンネームのようで皆が揃って先生と呼んでいたのは本当の意味で先生と名前にも先生があるからだ。


「知らなかっ、た」


「ええ、てっきり応援に来てくれたのかと」


 違いまする。 そもそもこちらはあなたのことを覚えていないのである。 偶然だ。 いたって、偶然。


「それね、募金してくれた額に応じて色々配ってて。 一万円以上で直筆サインなんだよ。 ちょっとずるいでしょ」


「よくわかんない」


「      」


「      」


 話題を変えよう。


「なまこ先生は、いつからお兄さんとお知り合い、ですか」


 ナイフの先で卵黄の膜を裂きそれを全体に絡めるようにして角切りにした白身とハンバーグに合わせて口に含む……ところで体が停止した。 私がなまこ先生と呼んだ彼女は先ほどまでついていた頬杖させ直してただただ驚いた顔でこちらも見つめるのだ。


「本当に覚えてないんだね」


「あ、ごごめんなさい!」


「いやいやいや! 日菜ちゃんは謝らないでいんだよ? 私が勝手に勘違いヤローなだけでね? なんなら今から日菜ちゃんと仲良くなれたらなーって!」


 気まずい。


 原因は言うまでもなく私だけど原因は彼女にも……だめ、人のせいにしちゃダメだ。


「なまこ、先生は優しい、から……色々知りたいなって、思う。 よ」


「ほんと!? えへへ、私も日菜ちゃんをもっと知りたい! 日菜ちゃんのことはね、朝君と同じクラス同じ班になった時によく聞いてたんだー」


 褒めたら秘密だったろうにかなり簡単に口を開いてしまうのでこちらも間がストンと埋まり大変大助かり。


 高校生からは、班による活動などしなかった──私事である──ので、きっと小中学での話だろう。 先生は続ける。


「給食の時間にねーよく難しい話を朝君がしてたんだけどすごいね! て褒めたら『妹の方がすごいんだー』て、よく言ってた。 いろんな話をしてくれたけど日菜ちゃんのこと話してる時が一番好きだったなあ」


「兄さん、おしゃべり……家では味の感想とか天気の話ばっか、り」


「朝君らしー! 遠足とか自分で作ったお弁当の時は全然喋らなくなるんだよね!」


「そう! この前、グリーンカレー食べた時も、すごいそわそわ。 してたっ!」


「うわー! 朝君の作るカレーすごい食べてみたい! 辛くないけどすごい味が濃そう」


「すごい、濃かった!」


「やっぱり! ふふっ」


 なまこ先生上機嫌である。


「先生はなんでライトノベル、書いてるの」


「好きだから」


 即答だった。


「初めは恋愛小説とか勧められた本を三ヶ月くらいかけてなんとか読んでたかな。 でも中学生の時に朝君が読書感想文で賞を取ったの。 学校規模でやってたけど覚えてるかな? 歴史の安西先生。 あの人がすごいミステリー小説が好きでそのジャンルの感想文を書いた子はみんな赤ペンされてたの! 『何も分かってない!』て、そんな安西先生が唯一絶賛したのが朝君だったの」


「そうなん、だ」


「初めはどれくらいすごいことかなんてこれぽっちもわかんなかったんだけど朝君と先生がすごい楽しそうに会話してて……すごい苦しくなったの」


 その想いを伝えるようになまこ先生は左手で心の臓を布越しに強く握った。

 まるで水族館のような……決して触れることができないのにこちらから見渡せてしまう見えない壁の向こうに、非現実。


「最初は頭が真っ白になって、気がついたら体操服に着替えて部活してたし気がついたら自転車に乗って帰ってた。 なんで私にはあんな顔で話してくれないんだろうとかほんとに安西先生じゃなきゃダメだったの? とか、なんだろう。

 初めては私がよかった」


「……」


 ああ


「だから悔しくなって、毎日図書室や図書館でずっと本読んでた。 生まれて初めて貯金箱とお年玉で本を買って読んで借りて調べて探して……いつの間にか本の形をしてたら有名なものはなんでも手の届くところに置いてあった」


 彼女は患っているのだ


「それで二学期の入学式かな、男の子たちが人気アニメのライトノベルを読んでて朝君に『お前は読まないだろー』て言ったの。 そしたら朝君『読んだけど続きが気になるほどではないよ、ああでも──


 恋を


『『──スピンオフは本当に良かった』』て」



 涙で外れかけた仮面を両手で抑えるように先生は、堪えるように続ける。


「その時やっと朝君と繋がれた気がしてすっごい嬉しかったの! だからね、朝君と繋がれるきっかけを作ってくれたライトノベルが好きになりました! 」


 それは違うよ、きっかけを作ったのはなまこ先生の力だよ。


「ヤキモチかなあ、これって」


 そう言いたかったけどそうしたら今度こそ泣いちゃいそうだからこの言葉は飲み込んだ。


「……なまこ先生、兄さんのこと好き?」


「好きだよ」


 はっきりと断言して


「世界で一番」


 私に教えてくれた。


「大好きだよ」


 兄さんは幸せものだ。


「もちろん、日菜ちゃん達もだよ」


「……」


 面と言われると恥ずかしい。 

 顔が冷めてしまったハンバーグの分も頑張って赤くなる、急いで食べ納めた。


「ふふっ日菜ちゃん可愛い」


「照れ……る」


 私にとって今日会った彼女は彼女にとって今日、再開を果たすことになるなど、誰が想像していただろうか。


 もしや今回のパチンコは運命のイタズラ? なんて


 思ったりもしたり。


「告白はしない、の?」


「うん。 日菜ちゃん達が立派になってからかなあ」


「え」


 それ初耳だ。 だが私は知っている、兄さんの言葉を

 昔、中学生の頃に聞いたことがある。


『兄さんは結婚しないの?』


『日菜達が自立する頃には考えようかな』


 私が今するべきことは見つかっ、たっ!


 その丁度でスマホが振動を起こし連絡を知らせる。

 お寿司を受け取りに行こう。


「今日は色々とありが、とう」


「もう帰る?」


生物なまものもって帰るの」


「送ろうか?」


「ううん。 タクシーで買え、る」


「そっか、お家に帰って時間が出来たら読んでみて! 朝君にもよろしくね」


「うん。 家に着くまでに、感想送るね」


「……へ?」


「読み終わっちゃうの……そんな短時間で」


 □■□


 夢を見ているようだった。


「」


 指定した場所まで運転手はこちらが本を黙読しているからか話しかけてこない、ので読むことに時間を避けた。 


「  」


 ページをめくってページをめくる。 ページをめくって、まためくる。


「    」


 開かれていた本は本来の閉じられた姿として今、両手に収まっている。


「………………すごい」


 こんな気持ちは久しぶりだ。


 一冊しかないのがたまらなく悔しい。


「あ」


 そこでようやく。 家にはまだ着いてない見たい。


「……」


 意味もなく本を胸に抱いてみたり。 こんな気持ちをいつから、忘れていたのだろう。 



 引き込まれるような作品、それは意識を乗っ取られるようでいて肉体が四肢が存在証明を必要とするほどを刹那で経験する。 私はこちらの住人であって決して物語の登場人物ではないのに、まるで「絵本の中にもし自分がいたら」なんて幼さを感じさせるような発想を実現させたような浮遊感。


 体がふわふわする。 重荷が取れて空まで登ってしまいそうな、そんな感じ。 

 揺れる箱に閉じ込められなんとか地上人であることを証明する。


「着きましたよ」


 料金から引かれた残りを小箱に詰めて玄関の戸を動かす。


「ただい、ま」


 掃除機の音で掻き消されながら戸締りを済ませてこっそり、質問を受けないように大荷物だけは先早に部屋の入り口にしまいにいさんのいる居間へ。


 いろんなお話をしよう。


 何から話そうか、服を買ったし髪も切った。 いつも兄さんがしてくれていたから変化に気づいてくれるかな? 美味しいものも食べたし良いこともしたよ。 なまこ先生といつから仲良しさんか聞かなきゃ


「兄さん」


「ああ、日菜! おかえり。 早かったね」


「もう日暮れ、だよ」


 兄さんには時々こういうところがある。


 それから身にならないような会話を続けるが反射的に行っており頭に入ってこない、言いたいことがるのだ。 


 言わなきゃ


「兄さん、あのね」

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