第2話 日菜のラノベ志望 前編

「あ……だ、だめ……!!」


 ストレスが溜まる。 無駄に焦らされ鼓動が早まりピークに到達したところで期待は全て水泡に帰す。 ただ席に座り、右手を捻るだけの作業に感覚は奪われ呼吸も瞬きも許しをもらわなければならないような服従感に襲われる。 ボタンひとつで子供のお小遣い程度の換金が施され、無駄に短い生を授かり、底の底へと消えていく。 液晶は選ばれたものだけを映し出しその上でまた、選別を始める。


 まるで受精だ。 ただしこちらの用意した生は兆でも億でもない。


『ここで決める!! 俺を!! 信じろっっ!!』


「信じる……心!!」


 あとは彼に託された。 さあ、これで決着だ!


『てやんでぃ……』


「あ、あ……ああ」


 こぼす言葉もなかった。 


「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい」


 もうまともに顔を上げることなんてできなかった。 


 兄さんから少しづついただいた大切なお小遣いをむしゃくしゃして……パチンコに使うだなんて!


 残高は残り1500である。


「ああ……あああああああああああああ」


 悪いことがしたかったのだ。 タバコは兄さんがなくしお酒は未成年だから飲めず、辛うじてパチンコが年齢制限をクリアしていたのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい兄さん」


 台の上の画面は1864回転を表示しており確率は318.1分の1


 ヘソとか電チューとか、わかんない。 いきなりハンドルを左に戻せと脅されるし入れたお金はカードになって戻ってくるし、どうやら投入した分は使い切らないとダメ? らしい? 


「わかんないよぉ」


「う、ひぐっうう……」


 涙を拭っても 球を真ん中に入れても 画面が派手に暴れても


 お金は返ってこないのだ。


「もう嫌だよお」


 ここまでは電車で来た。 歩いてなんて帰れない。 一万円と片道分のお小遣いでここまで来てしまった。 


「あっ、あっあっあああ!!」


 先ほどまで500円で7.8回ほど回っていたのが突然入らなくなった。


「どうして……?」


 遂に画面からは音が消え誰も座ってないパチンコ台と同じ表記になった。


「馬鹿ああぁぁ」


 生まれて初めてかもしれない、無機物に罵ったのは。 


 倒置法である。


 遂に貸出ボタンの数値は500になってしまった。


 もう訳がわからない。 神様、私はそんなに悪いことをしましたか? 確かに最初は悪気を少し、本当に偽悪のように背負って足を踏み入れました。 それがこれなんですか? 


 ビギナーズラックなんて存在しない。


 兄さんがお友達と飲んでた時に「ビギナーズラックがー」なんていってたが、ない。


 ビギナーズラックは、ない。


『玉!! 幻!! 原!! 出!!』


 もう君がどんな顔を見せようと私は靡かないよ、だって燃え尽きちゃったんだもん


「あ。 蛇王リーチ」


「え」


 先ほどからこちらを舐めるように覗いてこられるおじ様の声でようやくどこかへとトンでいた意識が戻る。 画面にはまだ見たことのない演出が始まっていたが、これを私は知っている。 説明書のようなものに


 レバーが震える。 私も震える。


「お、お願い!」


 画面には仲間が集い、覚醒した主人公は遂に雌雄を決すのだ。


『レバーをひけえええええええええええええええええ!!!!!!』


「お願い、来て!」


 ブゥゥゥゥゥウンン


 7  8 7


『お前では就職できないのだよっ!』


 ああ、


 その日私は美味い話なんてないことを知った。


 帰ろう。 お兄さんにちゃんと謝って、働こう。


「ちょいと嬢ちゃん」


「?」


 おじいさんは止めに入る。 きっと座りたいんだろう。 しかしその指はハンドル付近を指しており「ああ、まだ500円残ってるなあ」なんて、もう、いいんです。


「当たってるよ! 震えてただろ、レバー」


「え?」


『てやんでいバアロオ畜生めぇええええ!!!!』

『馬鹿なああああああああああああああ!!!!』


 四万発でた。


 □■□


「なっはあっはっはっ」


 諭吉が、15枚。


 私は今、爆弾をモテイル。


「は、入んない! 入んないよおぉ」


 お気に入りのガマブチ財布は限界を伝えている、それはもうぎちぎちにである。 カエルさんの頭は脳漿を撒き散らし、外側から無理やりにして開けられた穴へ聞いたこともないオノマトペを流しながら紙幣を詰め込まれた。 


 こんなはずじゃなかったのに


 ちょっと打って勝って換金したらそれでデイリーミッションは完遂であったのに、それは蓋を開ければイベントミッションであったのだ。 


 汗水流して稼ぐ一月のお給料を三時間前後で稼いだのだ。 時給にして五万。 こんな美味しい話があってたまるものか、こんな大金を私が手にしていいはずがないのである。 


 もうここに来るのはやめよう、右打ちは人の脳をおかしくする。


「良かったねえ、嬢ちゃん今日はご馳走だ」


「あっ、ありがとうおじさん」


「帰りにきおつけるんだよー」


 右打ちの終了から球の換金方法まで煩うことなく済ませた猛者は二度、戦場へ戻った。


「どうしよう」


 こんな大金を手にしても預金通帳がなければ貯金箱も小銭用しかない。 経過観察を時折する兄さんがその箱を見て一万円札がぶち込まれているところを目撃したら緊急兄妹会議が始まるだろう。 悪・速・斬ならぬ報・連・相だ、金の出所をアンダスタン?


「全部、使おう!」


 兄はものの価値がわからぬ、故に衣類を買い込もう。 

 実は夢だったのだ。 綺麗な洋服を着てカラフルな屋台の水菓子を食べるのが


 オシャレを、しよう!


 善は急げ、罪悪感は置き去れ


「おすすめはこちらですね〜あ! お客さんこれも似合いますよ〜!」


「う、うおおおおお」


「お任せですね、かしこまりました。 それではカットの方入ります」


「ふおおおおおお」


「はーい! ビックリクレープ・マスカットホイップになりまーす!」


「ふぉおおおおおおおっっ!!!!」


 これが桃源郷か、見るもの全てが輝いて見える。 街ゆく人々が生きている。

 建物は時代を移している。 このクレープを誰かのために作ってくれている。

 世界は、美しいで満たさせれいた。 


 まるでそれは本来利用されていない脳みそに切り替えられ、おめめもマシュマロホイップでできているようであった!


「これ! ください!」


「ベビーカステラになりまーす」


 うひょひょひょふわあ。


 優しい味である。


 だが、問題はある。


「まだたくさんある……」


 諭吉が。 先ほど食べ始めたベビーカステラはもう、ないのに。


「どうしよう」


 あたりを見渡すがどこぞも食に限定される飲食店街に突入してしまっていた。

 腹はまだ空いておるがこれ以上は夕飯に差し支える。 そこで令和の武士殿の言葉を思い出す。


『今日はご馳走だねえ』


「お寿司!」


 とびきりいいものを買おう。


「ありがとうございましたー」


 こんな時間に高いお寿司は営業を始めていなかったのでチェーン店のものを注文した。 おかげで大金はまだ中金といったところでどうにかお寿司が出来上がるまでの間で消費したいところ。


 ……もう終わりにしよう。 これ以上の出費はたとえタクシーを利用しても大荷物だ。 ちょうどあちらの本屋が募金活動をしておるのでそこに寄付といこう。


 せめてもの償い、少しだけの汚れ治しである。



「はーいになさん遂に遂にっっ!! Fコースのお客様があらわれましたー!」


「!?」


 突如、歓声。 烏合が統一する用にして叫ぶ、絶唱。


 何もかもが意味不明であり大人たちは私を見るなり英傑を称えるかのようにひたすらに、叫ぶ。


 恐怖でしかない。


 そうして私は募金箱を持った壮丁に手を取られ、入り口付近に設置された長蛇の列を裂きそこに鎮座せし者と対面を果たした。


「うう、ああっ」


「それでは魁傑海鼠魂かいけつなまこたましい先生! お願いします」


「はーい、ええっと……あれ、ひなちゃん?」


「へ、な、なに……」


 それはそれは綺麗なお姉さんだった……!!

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