雛ちゃんのラノベ志望

鬼ごろ氏

第1話 日菜はラノベ志望

「ふーん」


 朝、窓を開けて換気をする。 掃除を始めると途端に咳やくしゃみが止まらなくなるのが欠点だ。 だがその後の風呂といったら格別で、普段絶対に頑張った時にしか食べないハーゲンダッツのバニラとマカダミアナッツで逡巡。 こういった些細な楽しみは妹の成長を見る様に好きだ。


「ふふふっふふ〜ん♪」


 坂を登ってすぐの海を見渡せる古民家は誰も怒らないのでよく鼻歌を歌う。 近所の人にはいいことあったのねとか言われるけど、実際そうなのだ。


 今日は可愛い妹がお寿司を買って帰ってくるのだ。 


 私のお小遣いでかな? いや、妹のことだこっそりアルバイトなんてしてたのかもしれないなんて思ったり。 ついでだ、妹の部屋も片付けておこう。


「入るよ、日菜」


 いないことがわかっていても一声かけるのが我が家のルールだ。 絶対なんてないから事実、私も妹もいないと判断し部屋を開けたらといったパターンに遭遇しているのだ。 


賢い妹のことだから私がいなくとも一声かけるだろう賢いんだもの。 


それに部屋は全て私が掃除をすると言うのが我が家でのルールだ。 


妹は私より埃に弱い。 兄として守ってやるのが当然なのだ。 


それにしても妹が自分からお寿司だなんて……めでたい時にしか、おめにかかりにいくことはないのでうっかりカレンダーの記念日に見落としがないかとか気にしたりして


「うん、いいね」


 妹の部屋は一面、賞状が飾られている。 どれもふみに関わるもので古いものは読書感想文から自由研究の名誉賞まで。 


 妹は文才に長けていた。


 物心ついたときに私が読み聞かせていた絵本を食うように視線を流し込むと自身でも絵本を作り始めたのだ。 


カラフルな蛍光ペンにテープやシールを持ち出し夜もふける頃には寝落ちして、かなりの月をかけて制作したその本を読んだ私は摩耗品でないのを良いことに目一杯褒めてやった。


 その本に目を通した人間は誰一人とて兄バカとは罵らなかった。 それほどまでに妹は


 引き込まれれたのだ、妹の作品に。 小学生からは共に本を読み漁り幼くしてシャーロックにはじまり金田一耕助を手に取りアガサクリスティの世界に足を踏み入れそこからは純文学・伝記と手当たり次第に食らいついたものだ。


 将来はきっと兄を超える立派な文豪になることだろう。 


 もっとも私は文豪とは程遠いい凡才であって、なんなら今もコンビニのアルバイトの方が稼げるほどの収入しかないがまあ、それでも古民家で二人暮らしなら特に問題はないのだ。


 たまの休みに遠出のスーパーに近くのコンビニより安いハーゲンダッツを買ってたべたりお寿司を食べたりとそんな小さな幸せを時折、味わえたらいいのだ。


 些細な幸福と愛しくて堪らない妹の成長さえ見守ることができればそれだけで


 ああ、数年後に君はどんな大人になるんだろうね。 児童小説で子供に夢を与えるような大人になっているかもしれないし初めて応募した乱歩賞で編集に目をつけられ若き天才として讃えらるかもしれない。


 ああ、楽しみだよ。 君の成長が


「に、兄さん」


「ああ、日菜! おかえり。 早かったね」


「もう日暮れ、だよ」


 なんと驚いた。 太陽は海に沈み耽っているではないか、まあ私も過去に耽っているのだがね。 どうやら日菜はお疲れのようだ。 


タクシーが坂道を下るのを見て少し不審に思いながらも抱えきれない荷物を支える様にして居間に着いた。


「天ぷらでもあげようかと思ったんだがねえ」


「いいよ、お寿司。 沢山買っちゃったから」


「ふふっ、そうか。 お出かけは楽しめたかい? かなりの量だね」


「う、うん。 張り切、った」


 定期に渡って支給しているお小遣いでは到底抱え切れないほどの衣類の詰められた紙袋を見るにかなりの出費だ。 


お寿司はチェーン店のものだがそれでも器が煌びやかでとてもじゃないが樋口一人では交換できないような豪華っぷりに何か裏があるな、と


 例えアルバイトでも初任給を使い切る様な妹ではないのを私は知っている。 


初任給と決めつけたのは実の所、日菜とは喧嘩をしていたのだ。 二週間ほどだった、詫びの声すら聞いてもらえず悲しかった。 そんな妹からラインで『今日はお寿司にしよう!』なんて送られてきたら舞い上がるのが当然だろう?


 ようやく仲が戻ったのだ追及はすまい。 過去にも喧嘩した時はよくハーゲンダッツで仲直りしたものだ。 私が真っ先に折れ、妹が買ったアイスをみんなで一緒に食べて、それが兄妹ならではのちょっとした仲直りの後の楽しみでもあった。


 はたから見たらまるで餌付けだ。 妹はお願いや仲直りにはいつもワンランク上のものを持ってきてくれて……


 ちょっと待った。 その流れだと私たちの中ですでにと言うには、になるのだ。


 とするとこのお寿司には何か別の意図があるのではないか?


しばし私は硬直する。 笑顔が維持されているのは口角が引きつっているためではないことを願いたい。


 お茶を用意し席に着いたところでもう遅かった。


「あ、あのね兄さん」


「なんだい日菜」


 とっさに現実世界へ戻された先にはまるで訝しい手振りそぶりで妹が意を決した様に答える問の解を耳に入れるだけ


「わ、私ね……」


「ああ」


 一体どんな言葉が出てくるのだろう。 私も妹の覚悟にちゃんと応えねば、崩した両足の膝に手をやり面と向かってつなぐ


「ライトノベル作家に、なりたいの!!」


「やあやあやあ」


 私は頭を抱えた。

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