第9章 王宮を前にして
第33話 王宮の思い出
リーカーたちは裏街道の山道を抜けて王宮に向かっていた。ワーロン将軍はまさか王宮には向かってくるまいと警戒は緩やかで、魔騎士に遭遇しなかった。だが王宮の近くには強力な力を持つ魔騎士が配置されているのは確かだった。
慎重に前に進み、やがて王宮の堀のほとりまで来た。王宮の周囲の警備は厳重で、とても中には入れる様子ではなかった。
「夜まで待つか・・・その間に向こうに渡る手を考えねば・・・」リーカーとエミリーは暗くなるまで近くの林に隠れた。
王宮のサランサの部屋に白フクロウが帰って来ていた。サランサはすぐにそばに寄ってそれを撫でた。
『わかりました。このリーカー、女王様のために王宮に向かいます。』白フクロウはリーカーの言葉を伝えた。
(リーカー様がここに来られる・・・)サランサはうれしくなって心強くなる半面、不安を感じていた。この警戒厳しい王宮に簡単は入れるものかどうか、もし入れても父やザウス隊長、魔騎士たちに命を狙われるのではないか、そのためにリーカー様は・・・そう思うといてもたってもいられなくなった。
「こうしてはいられないわ!」サランサは王宮から出て行った。
その姿を窓からワーロン将軍とザウス隊長は見ていた。
「サランサ様が外に。よろしいのですか?」ザウス隊長が尋ねた。
「ほっておけ! 親の心を知らずに・・・。サランサは白フクロウでリーカーと連絡を取っていた節がある。リーカーさえ亡き者にしたらあきらめるだろう。それよりサランサが白フクロウを使わずに外に出て行ったということは、リーカーがここに向かってきているのかもしれない。この王宮に入れるな。その前に奴を仕留めるのだ!」ワーロン将軍が言った。
「わかりました。」ザウス隊長はうなずいた。
「ヤギシたちは失敗したようだ。必ずお前がここでリーカーを倒すのだ。よいな。」ワーロン将軍は念を押すようにザウス隊長をぐっと見た。
「はっ!」ザウス隊長は出て行った。
リーカーは林の中から王宮を見ていた。傍らでは旅の疲れでエミリーがすやすやと眠っていた。その愛らしい顔には亡き妻アーリーの面影があった。
「あれからもう7年になる・・・」彼の脳裏に7年前の思い出が蘇った。
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その頃、リーカーは剣の修行を終え、剣士として王宮の勤めに着いた。その日、いつものように兵たちの訓練を終えて詰め所に戻ろうとした。だが途中で道を間違えたのか、いつもは通らない中庭に出た。そこは草花が咲き誇る美しい場所だった。
「こんなところがあったのか・・・」その眺めは素晴らしかった。それにそこにいた一人の美しい女性、彼は茫然としばらく見とれていた。その女性はエプロンをして草花の手入れをしていたが、ようやくリーカーに気付いた。
「あなたもここが気に入ったようですのね。」笑顔で話しかけてきた。
「ええ、ここは素晴らしい。今まで見たことがない。」リーカーも笑顔を返した。
「ありがとう。ここは全部、私が育てたの。愛情をかければ皆、元気に育ってくれるわ。」
「それはすごい。」リーカーはこの女性は庭師の娘だろうと思った。それにしてもこれほど美しく花を咲かせるとは・・・この女性の心が美しくなければこうはならないと思った。
「あなたは剣士なのですか?」その女性が尋ねた。
「ええ、そうです。ジェイ・リーカーと言います。今まで各地で修行をしてきました。剣の腕なら誰にも負けぬつもりです。」
「まあ、すごい。」
リーカーはこの国の各地で起こった様々な話を聞かせた。彼女は面白がって聞いていた。まるでこの城から出たことがないかのように、彼女にとってどんな話も新鮮だったように見えた。
「それでどうしてここに?」その女性が訊いた。
「女王様や王家の方々のため、この身をかけてお守りしたいと思っています。」リーカーはそう言ったものの、まだ一介の若い剣士であり、そのような身分の方々にお会いすることはなかった。
「ではよろしくお願いしますね。」女性はそう言って微笑んだ。
(えっ?)その女性の言い方はまるで上から言っているようだった。一体、この女性は? 庭師の娘ではないのか?・・・リーカーの頭の中に疑問が浮かんだ。
「王女様! 王女様!」中庭に声が響いた。女官が中庭に出てきてその女性の前で頭を下げた。
「またこちらでしたか? 早くお戻りください。女王様がお待ちです。」
「そうですか。では戻りましょう。」その口調は上品で優雅なものだった。リーカーの前にいたのはこの王宮の王女だったのだ。慌ててリーカーは片膝をついて頭を下げた。
「これはご無礼しました。王女様とは知らずに・・・」
すると王女はいたずらっ子ぽく笑った。
「いいのですよ。確かに私はアーリー王女です。でも気にしないで。あなたのお話は面白かったわ。またここにいらして。きっとですよ。」そう言ってアーリー王女は女官とともに建物に戻っていった。
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それが妻のアーリーとの出会いだった。それが目の前に見える王宮の懐かしい思い出だった。しかしいまや、そこは死を決して飛び込む戦いの場となろうとしていた。
(アーリー。女王様とエミリーを守ってくれ! 私は君に言ったとおり、この身を捧げる!)彼は目を閉じてそう祈った。
病床のエリザリー女王をサース大臣がお見舞に来ていた。女王はベッドから身を起こしていた。その顔の血色はよくなっているように見えた。
「お元気になられたようで。このサースは安心しました。」サース大臣は微笑みながら言った。
「サース。聞いて欲しいことがあります。」エリザリー女王が真剣な顔をして言った。その様子にただならぬことを感じたサース大臣は周囲の者を下がらせた。
「女王様。このサースに何なりとお申し付けください。」
「この王宮で陰謀を企むものがあります。」
「なんと! その者は誰ですか?」
「ワーロン将軍です。彼の手の者が家に押し入ってアーリーを殺し、リーカーに罪を着せた。」エリザリー女王は声を潜めて言った。
「それは本当でしょうか?」
「確たる証拠はありません。しかしある者がそう教えてくれました。ワーロン将軍の動きを調べる必要があります。サース。お前がやってくれますか?」
「はい。このサース。女王様のためならどんなことでも。では早速・・・」サース大臣は立ち上がった。
「くれぐれもワーロン将軍には気取られぬように。」エリザリー女王は言った。
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