第17話 ハイスという男

 ニールの港は多くの人でにぎわっていた。ここはビンデリア唯一の海への玄関だった。他国からの船が並び、様々な珍しい物品が運ばれてきていた。

 リーカーとエミリーはようやくニールの港に到着した。そこはリーカーの古くからの知り合いがいるはずだった。彼らは場末の酒場に入った。そこは荒くれ者の船乗りや怪しげな連中がたむろしており、この場に似つかわしくない親子を不審な目で見ていた。リーカーはその視線にかまわず、奥に入って行きカウンターで尋ねた。

「ハイスはいるか?」

 するとバーテンは黙ったまま顔を奥のテーブルに向けた。

「ありがとう。」リーカーはその奥のテーブルに向かった。そこには大柄な男が一人で飲んでいた。

「ハイス、私だ。」リーカーが声をかけた。するとハイスは顔を上げた。そしてリーカーを認めるといきなり立ち上がって殴り掛かってきた。

「おっと。」リーカーはその拳を避けた。それでもハイスは次々に拳を繰り出してきた。リーカーはそれを手で何とか受け止めていた。



 白フクロウが王宮のサランサの元に戻ってきた。

「リーカーもエミリーも大丈夫だ。」サランサの腕に止まった白フクロウはそう伝えた。

「そう。それはよかった。でもリーカー様たちは今度はどこに行かれたのでしょう・・・」彼女はリーカーを追うマークスの存在が気がかりだった。

「リーカー様、ご無事をお祈りいたします。」サランサは空に向かってそう呟いていた。


 

 酒場で、リーカーとハイスが拳を構えてにらみ合っていた。さっきからお互いに拳を叩きあっていたが勝負はつかなかった。

「パパ・・・」エミリーが心配して声をかけた。するとハイスの腕は止まった。

「おっと。お嬢ちゃん。怖がらせてごめんよ。これが俺流のあいさつなんだ!」ハイスは拳を下ろして笑顔になった。

「お前っていうやつは相変わらずだな。」リーカーがあきれたように言った。

「ははは。驚かしてやろうと思ってな・・・」ハイスはソファにどっかりと腰を下ろした。

「ハイス、頼みがあってここに来た。それは・・・」リーカーが言いかけるとハイスは右手を挙げて制した。

「わかっている。隠れるところを探しているんだろう。俺に任せろ。」ハイスは胸を叩いた。

「実はな・・・」

「いや、すべてわかっている。巷じゃ、お前が妻を殺して娘を連れて逃げていると言っているが、俺はだまされねえ。お前がそんなことをするわけがない。さっき拳をかわしてそれを確信した。誰かの罠にはまっているんだな。」ハイスが言った。

「ああ、そうだ。エミリーが狙われている。私はこの子を守り通さねばならない。殺された妻のためにも。」リーカーは言った。

「ここへ来るんじゃないかと用意はしていた。隠れ家に案内しよう。ついてきてくれ。」ハイスはそう言った。



 マークスの隊はニールの港に到着した。そこは多くの人々でにぎわっていた。

「こう人が多いと探しようがないですね。」ミラウスが言った。

「うむ。しかし必ず奴はこの港のどこかに隠れている。」マークスは辺りを見渡した。商人、船乗り、剣士、女子供・・・・様々な人でごった返している。姿をくらませるのには好都合だ。

「この港の役人の手を借りよう。徹底的に捜索して探し出すしかない。」マークスは言った。


 リーカーとエミリーは酒の貯蔵庫に案内された。そこは港から少し離れた場所にあった。周囲を森に囲まれ静かなところだった。もちろん人は誰もいなかった。

「ここなら滅多に人が来ない。でももし誰か来ても地下室があるからそこに隠れたらいい。いざとなったらその地下室から外に抜けられる抜け道もある。俺だけが知っている秘密だがな。まあ、夜は冷えるが昼間は日も当たるから温かい。だが少々、かび臭いがな。」ハイスは言った。

「すまぬ。」リーカーは頭を下げた。

「いいってことよ。俺とお前の中じゃないか。思い出すぜ。お前さんがこの港に来た頃を・・・」ハイスは昔を懐かしむように言った。

 リーカーが若い頃、この港を訪れたことがあった。その時、彼は武者修行の旅をしていた。各地の剣術道場や腕の立つ剣士に試合を申し込み、剣の腕を磨いていた。ハイスはまだ駆け出しのチンピラだった。けんかに明け暮れ、人々から厄介者扱いを受けていた。その2人が偶然、出会った。剣士の一団に絡まれて困っていた市場の者を助けるため、ハイスは口を突っ込んだ。だがかえって剣士たちの反感を買って、ボコボコに殴られ袋叩きに合っていた。しかしそこに偶然、リーカーが通りかかった。リーカーは剣士たちのあまりに卑怯な振る舞いに怒り、一瞬のうちに剣たちを叩きのめしてハイスたちを救った。それ以来、ともに行動することが多かった。性格も生まれも違う2人であったが馬があったということだろうか、数か月の滞在で兄弟同様の仲になった。

「じゃあ、俺は行くよ。何かうまいものでも調達してくる。お嬢ちゃんも楽しみにしてくれよ。」ハイスはエミリーに笑いかけてそう言うと貯蔵庫を出て行った。


 ハイスが外に出てしばらく歩くと男が立っていた。黒マントにトンガリ帽で怪しげな雰囲気を持っており。この辺りでは見たことがなかった。

「なんだ? おまえは。」ハンスが胡散臭そうに見た。

「ここにリーカーがいるな?」その男はウイッテだった。

「なに! おまえ! リーカーたちに手を出したら俺が承知しねえぞ!」ハイスは身構えた。

「ふふん。そうか。ではお前にやってもらおうか。」ウイッテは右手を出してハイスに魔法をかけた。ハイスはなぜか身動きできず、体が揺れていくのを感じた。

「そうだ。お前は儂のしもべになるのだ。」ウイッテの言葉がハイスの頭に刻まれていった。ハイスは何とか抵抗しようと頭を振ったり体を動かしたりした。だが次第に意識が薄れていくのを感じた。

(このままでは奴の操り人形になってしまう・・・)ハイスは何とか力を振り絞って、

「この野郎!」とウイッテに拳を突き出そうとしたが、それが届く前にその場に倒れた。

「いいぞ。さあ、起きろ、儂のしもべよ。」ウイッテがそっと声をかけた。するとハイスが立ち上がった。その目の生気は失われていた。

「さあ、リーカーを殺せ! リーカーを殺すのだ!」ウイッテがハイスの耳元でつぶやいた。「はい。ご主人様。」ハイスはうつろな目でそう答えた。

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