第16話 挟み撃ち

 エリザリー女王の寝室は不気味なほど静まり返っていた。彼女はベッドに寝かされて、ぼうっと上を向いたきり、動こうとしなかった。もうそんな日が何日も続いていた。サランサたち女官はそんな女王を懸命に介護した。

 エリザリー女王は日に日に衰弱していた。食事も満足に取れず体はやせ細り、息をするのは辛そうだった。ワーロン将軍からリーカーがアーリーを殺し、エミリーを人質にして殺してしまうと告げられてから生きる気力が削がれてしまったようだった。だがこのことは事実ではなかった。

 サランサは本当のことをエリザリー女王に知ってもらうことが、女王を元気づけられる唯一の方法だと思っていた。しかし女王の意識がはっきり戻ることはなかった。

「女王様、女王様・・・」サランサはお世話をしながら呼びかけていた。


 馬に乗ったマークスとミラウスは魔兵たちとともにリーカーを追って街道を進んでいた。すると上空から魔法の黒カラスが飛んできてマークスの腕に止まった。

「ワーロン将軍からか・・・」マークスたちは黒カラスの伝言を聞いた。

「ニールの港? まさか・・・そんなところに抜ける街道はありませんが・・・」ミラウスは首をひねった。

「いや、そうだ。ニールの港だ。確かにそうだ。裏街道の難所を通ればそこに抜ける。リーカーが裏をかこうとしたならそこだ。よし! 行くぞ!」マークスは馬を返して走り出した。その後をミラウスや魔騎士たちが続いた。


 リーカーの背後にドンはナイフを投げる態勢で近づいていた。

(ウイッテが魔法封じの結界が張っているから奴は魔法を使えまい。剣の矢の魔法どころか、防御魔法もだ。奴は焦っているに違いない。だからヤスが矢を放つと多分、それを払ってヤスを斬ろうと前に飛び出してくる。そのがら空きになった背中を俺がナイフで仕留める。もし仕損じても前後からの投射武器の挟み撃ち、魔法の使えぬ奴に勝ち目はない。)ドンはそう考えていた。

 一方、リーカーは木の陰に身を寄せながらヤスが矢を放つ瞬間を待っていた。彼は一瞬が勝負になることを確信し、剣を握り直した。前にいるヤスは弓矢を構えて慎重に間合いを詰めてきた。

(奴は後ろのドン兄貴に気付いていない。できるだけこちらに気を向けさせておかねば・・・)ヤスはリーカーに狙いをつけた。リーカーが今にも飛び出そうとしているのは、ヤスにもはっきりわかった。静寂の時間がしばらく流れた。

 やがて

(行くぞ!)ヤスは矢を放った。それをリーカーは剣で払って叩き落とした。そして間髪入れず木の陰から飛び出し、ヤスの方に向かって剣を振り上げた。その背中は確かにがら空きになっていた。

(かかった!)ドンは勝利を確信してナイフを投げた。その風切り音がリーカーの耳に届いた。

(しまった! もう一人背後にいたか!)リーカーは不覚を取ったことを悟った。


 背後からドンに投げられたナイフがリーカーの背中に迫ってきた。

「リーカーはすぐに身をひねって後ろのドンの方を向いた。しかしナイフを叩き落とすことも避けることももはやできなかった。ナイフは真っすぐ飛んできてリーカーのわき腹に当たった。

(仕留めた!)ドンは一瞬、勝ちを確信した。だがそのナイフは、

「カン!」とはね返された。

(そんな馬鹿な!)ドンは驚いたものの、すぐに気を取り直して次のナイフを投げようとした。

(奴は不意を突かれている。それに剣ではこっちに届かない。その間に俺のナイフが奴に突き刺さるか、後ろのヤスの矢が突き刺さるか・・・。)ドンは頭に中でとっさに思い描いた。

 だが次の瞬間、ドンは目を見開いた。リーカーが自らの剣を投げつけてきたのだった。

「グサッ!」その剣はドンの胸に突き刺さった。

「うぐっ!」ドンは手に握ったナイフを落とし、胸から血を流しながらあおむけに倒れた。リーカーはすぐにドンに近づいて剣をひき抜くと、振り返って今度はヤスの方に駆け寄ってきた。ヤスは次の矢をつがえようとしていたが、目の前でドンが倒されたのを見て動揺していた。次の矢を放とうとするが手が震えて言うことを聞かなかった。その間に剣を振り上げたリーカーが迫ってきていた。

「バーン!」「グエー!」リーカーの剣がヤスを頭から斬り裂き、ヤスは断末魔の声を上げて地面に倒れた。

「ふうっ。」リーカーは息を吐くとエミリーのそばに歩いて行った。エミリーも木の陰に隠れていたが、その様子を怖がる様子はなかった。彼女はしっかりと戦いの一部始終を見届けていた。

「エミリー、先を急ぐぞ。」リーカーが声をかけた。エミリーは木の陰から出てきてリーカーのそばに寄った。

「お、おまえ・・・」ドンはまだ死んでいなかった。虫の息でリーカーを睨んでいた。

「お前は誇り高き剣士じゃないな・・・」ドンはあざ笑うかのように言った。リーカーは黙って見ていた。

「そんな簡単に自分の剣を投げるとは・・・ふふふ、まさかそんなことをするとは思っていなかったぜ・・・。一流の剣士を気取っている奴はこの手でイチコロだったのに・・・」ドンは言った。

「我らは自らの道を切り開かねばならぬ。どんなことがあっても・・・」リーカーの服のわき腹の部分が裂けていた。それはドンのナイフが当たったところだった。しかし血が流れるどころか、そこには柔らかい皮膚は見えなかった。そこにあるのは黒くなったくろがねだった。ドンはそれを見て、

「ふふん・・・。そうか・・・せいぜい生き延びるんだな・・・」と言って動かなくなった。開いたままの目は空をじっと見ていた。

 リーカーは何も言わずにエミリーとともに歩き出した。すると上空にあの白フクロウが飛んできた。リーカーを腕を出すとそこに止まった。

「リーカー様。ご無事でしょうか?」白フクロウは言葉を伝えた。

「伝えてくれ。リーカーもエミリーも大丈夫だと。」リーカーは白フクロウを空に放った。晴れた空の下、勢いよく白フクロウは飛んでいった。



「白フクロウか・・・」

 それは街道を進むマークスからも見えた。

(そういえば、白フクロウがリーカーの周辺に飛んでいたようだ。もしかするとリーカーにつなぎをつけている者があると・・・)マークスは空を見てそう思った。その白フクロウは王宮の方に飛んでいくようだった。

「王宮に? 白フクロウと言えば・・・まさか!」マークスは思い当たる者がいた。

「どうしてあのリーカーに肩入れされるのか!」マークスは思わず唇をかんでいた。 

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