第13話 殴り込み

 リーカーは「エーデル亭」という小さな旅館にしばらく泊めてもらうことになった。そこは若い女将とあと女中が2人いるだけだった。

 リーカーは部屋に入ると窓を少し開けて外を見た。魔法の黒カラスは飛んでいないようであるし、監視している者もいないようだった。

「失礼します。」女将が部屋に入ってきた。

「面倒をかける。」リーカーは言った。

「いえ、面倒などと。ゆっくりしていってください。」

「素性を聞かぬのか?」リーカーは尋ねた。

「ええ。小さなお子と2人。この町に来られるとは訳がおありのことと思います。それよりお子さんはよくお眠りですね。」女将が言った。疲れからかエミリーは椅子の上でうとうとと眠っていた。

「さあ、こちらにお寝かせしましょう。」女将はエミリーを抱きあげるとベッドに寝かせて布団をそっとかけた。

「よく眠っていること。・・・」女将は優しく微笑んでいた。それは母親の表情だった。

「ここには女将と女中しかおられぬのか?」リーカーは尋ねた。

「ええ。夫と小さい娘がいたのですが2年前、殺されました。夫は正義感が強く、やくざ者から困っている人を救おうとして、娘ともども殺されたのでございます。」女将は答えた。

「すまぬ。悪いことを聞いた・・・」

「いえ、いいんです。もう吹っ切れていますから・・・ここじゃこんな人は多くいます。王宮から魔騎士様が来られるとやくざ者は逃げ出しますが、いなくなると出てくるのでございます。この町の者はずっと苦しんでおります。」女将は言った。

「・・・」リーカーは何も言えなかった。魔騎士に追われる身の自分にはどうすることはできなかった。

「あっ、すいません。余計なことを。それではごゆっくり・・・」女将はそう言って部屋を出て行った。


 町はずれにやくざ者が集まる屋敷があった。住んでいた町の者は追い払われ、ヤニマという親分がそこを拠点としてやくざ者を使って好き放題していた。そこに、

「大変だ!」と駆け込む一団があった。それは先程、リーカーに叩きのめされたやくざ者たちだった。

「どうした? 騒々しい!」ヤニマはうるさそうに言った。

「やられました。旅の剣士に。」あざだらけのやくざ者が言った。

「なに! やられただと! それでおめおめ帰って来たのか!」ヤニマが怒鳴った。

「それがめっぽう腕の立つ奴で。束になって掛かっても敵いませんでした。」やくざ者は言った。

「やられたとあっちゃ、このヤニマ一家の名折れだ! 人数を集めろ! これから仕返しに行くぞ!」ヤニマは大声を上げた。

「へい!」周りのやくざ者が立ち上がった。



 マークスは魔兵を引き連れて馬で王宮を出立した。その雄姿は往時の魔騎士隊々長のそれを思い起こさせた。

(リーカーよ。なぜ?)マークスはリーカーが妻を殺して出奔したことが信じられなかった。彼の知る限り、リーカーは心の真っすぐな男だった。それはその剣にも表れていた。だが女王様のためにもエミリー様のためにも、そして散って行ったかつての部下のためにもリーカーを討たねばならない・・・彼は決意していた。

 まず途中でオースの森を探索していたミラウスとトンダたちと合流する。魔法の黒カラスを方々の町に放っているので、リーカーが見つかり次第、すぐに駆けつけて討ち取る。これがマークスの考えているプランだった。

 ただ気になるのはワーロン将軍とザウス隊長だった。あの2人は何か企んでいる。かつて、汚い手で自分を陥れた者をとても信用できなかった。これが終わったら王宮に乗り込んで2人の悪事を暴いてやる・・・マークスはそう思った。

  


 ヤニマに率いられたやくざ者が大勢、エーデル亭の前に集まった。

「おい! 出てきやがれ! さっきのお礼をしてやるぞ!」やくざ者が大声を上げた。

 その様子を女将が窓から見ていた。

「あんなに・・・。とにかくあの人たちを逃がさないと・・・」女将はリーカーの部屋に向かおうとした。しかしリーカーは出てきていた。

「お逃げください。あのように多くのやくざ者が来ております。裏口からなら気づかれずに出られます。」女将は言った。

「いや。私は奴らの前に出る。」リーカーは言った。

「どうしてです? 小さい娘さんを連れているのですよ。もしものことがあったら・・・」

「もう我ら親子、それを覚悟して生きておる。明日の道さえ見えぬ・・・だがそれを切り開いていかねばならぬ。それより女将、娘を頼む。」リーカーは心配する女将をよそにそのまま出て行った。


「あいつです! あいつに間違いありません!」出て来たリーカーを見てやられたやくざ者が声を上げた。

「そうか。」ヤニマは悠然と前に出た。

「お前か! 若い者をかわいがってくれたそうだな。 覚悟しろ!」ヤニマは右手を上げた。すると剣を抜いたやくざ者がリーカーに近寄ってきた。

「やめろ。 貴様らでは私の敵ではない。痛い目に合うぞ。」リーカーは静かに言った。

「なにを!」やくざ者たちは斬りかかってきた。リーカーは剣を抜くや否や、一瞬で近くのやくざ者を平打ちで失神させた。

「何をしているんだ!」ヤニマは怒鳴った。やくざ者はリーカーを取り囲んで次々に剣を振るうが、すべて平打ちで叩きのめされた。リーカーの周りに打ちのめされて倒れたやくざ者が転がった。それを見てヤニマは青くなった。

「こんな奴が・・・魔騎士みたいなやつがいるのか・・・」

「親分、相手が悪すぎますぜ。」横にいるやくざ者がヤニマに言った。

「くそ! このままじゃあ済まさないからな!」ヤニマは逃げて行った。その後をやくざ者たちが続いた。


「だいじょうぶでしたか?」女将が飛び出してきた。

「ああ。」リーカーはうなずいた。

「娘さんも怖がるどころか、戦いを見ておられたんですよ。しっかりされているというか、お強いというか・・・」

「奴らは追い払ったが、また来るかもしれぬ。とにかく今はこうするしかない。」リーカーは言った。

 その空には一羽のカラスが飛んでいた。それは魔法の黒カラスだった。リーカーの姿をはっきり捕らえると帰っていった。

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