第6話 出会った男

 リーカーとエミリーはオースの森の中を、追ってくる魔騎士から逃げていた。ワーロン将軍の命を受けてこの森に多くの魔騎士と魔兵が入り込んでおり、より慎重に動かねばならない。。彼らに出会えばまた戦闘になり、命のやり取りをしなければならない。エミリーを守り抜くと決心したリーカーにはできるだけそれを避けねばならなかった。

ふと森にざわめいた。リーカーが辺りの気配をうかがうと、茂みに踏み入りながらこちらに向かう足音が聞こえてきた。それに人の叫び声がする。

「助けてくれ!」

それは若い男の悲鳴だった。リーカーがその方向に目を向けると、数匹の狼に追われて走ってくる男がいた。彼は恐怖で顔がこわばり、息を切らして必死に逃げていた。

リーカーは追われる身であるのを顧みず、その男の方に駆け寄った。男は突然、目の前に現れたリーカーに驚きつつも、狼から逃げるためにその脇を駆け抜けていった。すると狼はリーカーに狙いをつけて、彼に迫ってきた。リーカーは素早く剣を抜いて呪文を唱えた。


「***光明グワンマイオン***」


すると剣が輝き出した。それは目が眩むほどのまぶしさだった。狼たちはその光に恐れをなして後ずさりすると、そのまま森の奥に逃げ帰った。息が上がっていた男はようやくホッとしてその場にしりもちをついた。だがリーカーが振り返ってそばに寄って来ると、すぐに立ち上がった。

「助かりました。ありがとうございました。俺はクーレと言います。」若い男は頭を下げた。

「このような森の奥で何をしていたのだ? 普段はこの森には誰も近づかぬはず。」リーカーが尋ねた。

「はい。この辺りに珍しい木の実が生ると人に聞いてやって来たのです。しかし道に迷うわ、狼に追いかけられるわでひどい目に合いました。」クーレはおため息をついた。

「狼は追い払った。もう大丈夫だろう。確か道は向こうにあった。行くがいい。」リーカーは東の方を指さした。

「そんなこと言わずに一緒に連れて行ってください。また狼が来るかもと思うと・・・」クーレは身震いした。

「我らは狙われている。魔騎士や魔兵にな。それでもいいのか?」リーカーは本当のことを話した。普通であれば誰もそんなリーカーとともに行こうとは言わないであろう。しかしクーレはうなずいた。

「いいです。狼よりはましでさあ。それに腹も・・・」確かにクーレは腹ペコのようで腹の虫が鳴っていた。

「仕方がない。一緒に来ればよい。だがその前に腹ごしらえか」リーカーは魔法でパンや水を出した。それをエミリーやクーレに渡した。

「ありがてえ!」クーレはそのパンに食いついた。だがその途端、その顔が曇った。

「どうした?」リーカーが尋ねた。

「確かにパンですが少々味が・・・」クーレは顔をしかめて答えた。

「魔法を習得したばかりだから味までは生き届かないか・・・」リーカーはつぶやいた。エミリーは横でうなずいていた。

「あ、そうそう。これをかけると少しはましかも。」クーレは何か粉の入った小さな小瓶を取り出した。それをパンにかけて食べた。

「これなら食べられる。旦那もどうですか? お嬢ちゃんも?」クーレは小瓶を差し出した。

「いやいい。それよりも食べたらすぐ出発するぞ。」リーカーは言った。この間にも魔騎士たちが自分たちに近づいてきていると思うと気が気でなかった。


 魔騎士ガイヤは魔兵を率いて、リーカーたちを追っていた。昨日から徹夜で捜索しているがその行方はようとして知れない。そこに魔法の黒カラスが飛んできてガイヤの肩にとまった。そのカラスはガイヤに何やらささやいた。それを聞いてガイヤはニヤリと笑った。

「そうか。予定通り、うまくいっているな。奴らを先回りして開けた場所で待ち受ける。」ガイヤは言った。

ガイヤの隊は歩く速度を上げて森をかき分けていった。


「ちょっと旦那、待ってくださいよ。」クーレが根を上げた。そこは森の中の険しい道だった。普通の者でも1時間で音を上げるほどなのに、リーカーたちはもう数時間も休憩もせずに歩いている。

「置いていくぞ。」リーカーは振り返って言った。その横で手をひかれて歩くエミリーは平気な顔をしていた。5歳くらいの子供なのに・・・。

「お嬢ちゃん。どうしてそんなに歩けるんだ?」クーレは不思議そうに言った。

「魔法の靴よ。これがあったら大人と同じくらい歩けるわ。さあ、しっかり歩いて!」エミリーが励ますように言った。

「お嬢ちゃんにそう言われちゃ、仕方がないな。よし! 行くか!」クーレはまた歩き始めた。

 歩きながらクーレはリーカーにも声をかけた。

「旦那はどうしてこんなところに? 追われていると聞きましたが、一体、何をしでかしたんで?」クーレはリーカーに訊いたみた。リーカーは黙ったまま答えなかった。いや答えるわけにいかなかった。クーレの方はリーカーは何か訳アリだと思って、これ以上、詮索するのを止めた。

「すいません。いいたくないことを聞いてしまったようで・・・」クーレは頭をかいた。

「いや、よい。それよりお前の話をしよう。どこで働いているのだ?」リーカーが尋ねた。

「えっ! 俺ですか? ・・・俺は村で畑を耕しているんです。ただの百姓です。」クーレは言った。

「そうか・・・。クーレ。お前の目は澄んでいる。世間の嫌なところに染まっていない。純粋な心のままだ。大事にしなければならんぞ。剣を持つようになっても。」リーカーはいきなり言った。その思いもよらない言葉にクーレは

「えっ!」と面食らった。

 その時、周囲に人の気配が充満した。リーカーはエミリーの手を放して、

「追っ手だ。隠れているんだ。」と言った。エミリーは離れた窪地に身を隠した。クーレも慌ててそこに隠れた。

「待っていたぞ!」リーカーの正面にガイヤが現れた。そしてリーカーを包囲するように魔兵も出て来た。

「私たちに手を出すとタダでは済まぬぞ。」リーカーは剣の柄を持った。

「ふふん。貴様を倒して俺は名を挙げてやる。いくぞ!」ガイヤは言った。その言葉に魔兵たちがリーカーに斬りかかった。リーカーは素早く剣を抜くと、向かってくる魔兵を斬り倒した。そして


「***魔道剣マグスグラディス瞬殺インスタンチディ***」


を唱え、素早い動きで次々に魔兵も切り伏せた。

「おのれ!」ガイヤは叫ぶと剣に魔法をかけて向かって来た。ガイヤの剣は長いムチのように伸びてしなった。それが数本に分かれてリーカーを襲った。

「バシッ!」リーカーは剣で払いながら後ろに下がって逃れた。

「まだまだ!」ガイヤはさらにムチのような剣を振り回した。それは空を切り裂き。周囲の木々の枝を落としていった。何とかそれを避けていたリーカーにはその動きが見え始めていた。

ガイヤのムチの剣がまた迫った時、今度はリーカーが剣で払うと間合いを詰めた。そして


「***魔道剣マグスグラディス*鍔斬り《スラシュコミウス》***」


を発動した。これをガイヤじゃムチの剣で受け止めた。だがその威力に吹き飛ばされた。

「おのれ!」ガイヤはすぐに起き上がって剣を構えた。そこにリーカーはゆっくり近づいていった。

「待て! そこを動くな!」リーカーの背後から声が響き渡った。リーカーが目だけを向けるとそこに思わぬ光景が広がっていた。クーレがエミリーを後ろから抱えて、その首に短刀を当てていた。

「さあ、エミリーを殺されなかったら剣を捨てろ!」ガイヤは言った。リーカーは何も言わずにクーレの方に顔を向けてじっと見つめた。

「な、なんだよ! 裏切ったさ! 確かにあんたを裏切ったさ! でもそうすりゃ俺は見習いから魔騎士になれるんだ!」クーレは大声で言った。

「そうだ! クーレ。大手柄だ。これでお前は魔騎士だ。よくやった!」ガイヤはそう言ってクーレを褒めた。

「お前には似合わぬ。お前には真っすぐな心で剣に向き合うのだ!」リーカーは言った。

「うるさい! それよりさっさと剣を捨てろ! エミリー様の首に短刀が当てられているのを忘れるな!」クーレがまた声を上げた。

「お前が抗わぬなら無用な血は流さぬ。だが歯向かえばエミリーの首が飛ぶぞ。」ガイヤが脅すように言った。リーカーはため息をついてガイヤを睨みつけると、何も言わずに右手の剣を捨てた。地面に「ガチャン!」と金属音が響いた。

「ふふふ。これで貴様は最期だ!」ガイヤが呪文を唱えると、周囲から縄が飛んできてリーカーを縛り上げた。リーカーは身動きできず、顔を背けた。

「リーカーもエミリーも我が手中に入った。後は・・・」ガイヤは残忍な笑いを浮かべた。これから行うことを思えば、彼はそうならざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る