第5話 女王の嘆き
ワーロン将軍の執務室にザウス隊長が報告に来ていた。それはよい報告ではないらしく、部屋に入った時から苦虫をかみつぶしたような渋い顔をしていた。
「アクアがやられました。オースの森の湖の近くです。」
「なに! アクアまでが! 貴様! なにをやっているんだ!」ワーロン将軍は怒鳴った。その迫力にザウス隊長は一瞬、ビクッとしたものの、すぐにいつものように落ち着きを取り戻した。。
「申し訳ありません。しかし奴の足取りはつかめました。他の魔騎士たちを差し向けております。あと少しのご辛抱を。」
「さっさと始末せよ!」ワーロン将軍はイライラを隠せなかった。
王宮ではエリザリー女王がベッドの上に座ってアーリーとエミリーの来訪を楽しみに待っていた。だがいつまでたっても2人は現れなかった。
「おかしいわね。何があったのかしら・・・」エリザリー女王はつぶやいた。それを扉からそっと見ていたサランサは胸を締め付けられる思いだった。もうすでに『アーリー様がリーカーに殺され、エミリー様を盾に逃亡している。』という報告が王宮まで上がっている。しかしそれを女王様の耳に入れるわけにはいかない。それはサランサだけでなく、女王に仕える者がすべてがそう思っていた。だがいつまでも女王様にお待ちいただくわけにはいかない。
(アーリー様はもういない。エミリー様も逃げている・・・そんなことを女王様には申し下げられない。どれほど気を落とされるか・・・)
サランサは一計を案じ、無理に笑顔を作って
「女王様。ご気分はいかがですか?」と何事もなかったようにエリザリー女王の前に出た。
「アーリーとエミリーがまだ来ないのよ。一体、どうしたのかしら?」エリザリー女王は心配そうに尋ねた。
「はい。先ほど使いの者が来ました。エミリー様が急に風邪を召されたようで。女王様におうつししてはということで今日はお見えにならないようです。」サランサは嘘を言った。
「そうかい。それなら仕方がないねえ。エミリーにはお大事にと伝えて。」エリザリー女王はひどくがっかりしていた。
「はい。お伝えします。女王様もお気を落とされずに。風邪が治ればいつでもお会いになれますから。さあ、お休みになられて。」サランサは優しく言った。
「そうだねえ。」エリザリー女王はため息をついて、ゆっくりとベッドに横になった。
別の魔騎士と魔兵の一隊がオースの森に入っていた。彼らもまたワーロン将軍とザウス隊長からリーカー追討の命を受けていた。
「リーカーなんぞ、一ひねりだ。」その一行を率いるのは魔騎士のガイヤだった。出発前にワーロン将軍の執務室に入った時、彼は陰謀のにおいをかぎ取った。
(リーカーがアーリー様を殺害してエミリー様を連れて逃亡しているだと? こんなことがあると思うか?)彼はそう思いながらもワーロン将軍の話を神妙に聞いていた。
「リーカーのためにどれほどの魔騎士がやられたことか・・・もし討ち取ったなら大手柄だ。副隊長格に出世させてやろう。」ワーロン将軍はそう持ち掛けた。ガイヤにとってそれは異存なかった。真実がどうであろうとそれは彼にとってどうでもいい。自らの立身出世が大きな問題なのだった。
「謹んでご命令をお受けします。不肖ガイヤが必ずリーカーを討ち取ってまいります。」ガイヤはそう言って王宮から出て来たのであった。彼は思っていた。
(いかなる手を使っても勝ちは勝ちだ。俺に考えがある。)
ワーロン将軍はリーカーを討ち取るため、魔騎士隊の中でも精鋭の魔騎士を数人向かわせていた。ザウスは地図を見て各隊の様子を魔法の黒カラスによって把握していた。
「オースの森には誰がいるのか?」ワーロン将軍が聞いた。
「ミラウス、トンダ、ガイヤの隊です。多分、ガイヤの隊がリーカーに近いと思いますが。」ザウス隊長が答えた。
「ガイヤか・・・。あいつは大丈夫なのか?」
「まあ、とかくいろいろ言われておりますが・・・勝つためには手段を択ばぬ男です。」ザウスは言った。
「そうなのか?」
「はい。裏切り、脅迫、人質を取る・・・ガイヤの戦法は汚い。しかしそれが相手にとって有効なのです。それに奴は卑怯と言われても毛ほども感じない男です。」ザウス隊長は言った。
「なるほどな。それならば堅いかもしれぬ。」ワーロン将軍はうなずいた。
その会話もサランサが廊下から盗み聞きしていた。
(そのような魔騎士がリーカー様に・・・。早くお知らせしないと・・・)サランサはその場から離れた。
リーカーとエミリーは森の中をさまようように歩き回っていた。魔騎士たちが追ってきているので、行方をくらますために場所をすぐに変えねばならなかった。草むらと木の陰に姿を隠しながら進んでいると上空に気配を感じた。
(魔法の黒カラスか! 見つかったのか!)と一瞬、緊張が走ったが、それはいつぞやのあの白フクロウだった。リーカーたちにまた伝言を持ってきているようだった。リーカーが白フクロウに向かって左腕を伸ばすとそこにとまった。
「魔騎士のガイヤが狙っております。卑怯な方法で仕掛けてくるでしょう。お気を付けください。」白フクロウはそう言うとまた飛んでいってしまった。リーカーはその名に覚えはなかったが、十分注意する相手ではあると思った。
「相手がどんな手を使って来るかわからぬ。気を抜かずにいかねばならぬ。」リーカーは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
女王の病室にサース大臣がお見舞いに来ることになっていた。彼は病に臥せった女王に代わり政を取り仕切っていた。古くから女王に仕えるこの大臣はその病の重さを心配していた。
「サース大臣様、よくお見えになりました。女王様がお持ちしておられます。」
女王の部屋の前でサランサが出迎えた。サース大臣はよく気が付く、この心優しい娘をよく覚えていた。あの豪傑のワーロン将軍と似ても似つかないほどよくできた娘だと。
「サランサか。女王様のお世話を熱心にしてくれていると聞くぞ。礼を言う。」サース大臣は言葉をかけた。
「いえ、いたらない点も多く申し訳なく思っております。女王様は今は元気にされていますが・・・」サランサは言葉を濁した。その言葉ですべてを察したサース大臣は声を潜めて、
「お気の毒なことが起こったと聞く。このことはお耳に入れてはならぬと思う。」と言った。
「はい。エミリー様がお風邪のためアーリー様が王宮を訪れることができないと申し上げております。」サランサも声を潜めて言った。
「うむ。ならばよい。」サース大臣はそう言って女王の部屋に入った。
「女王様。サースでございます。」サース大臣はベッドのそばに行った。
「サース。よく来てくれました。」エリザリー女王は嬉しそうに言った。だが以前よりかなりやつれた姿にサース大臣は驚かされた。それでも、
「ご機嫌麗しく、このサースは安心いたしました。」と言葉をかけた。
「ええ。でも娘のアーリーも孫のエミリーも会いに来ることができなくなって少し気落ちをしているんですよ。」エリザリー女王はまるで古くからの友人の様にサースに話しかけていた。
「それはそれは・・・」サース大臣はそのことについて言葉を濁した。もし本当のことが女王に知られてしまったら・・・そう思うとうかつなことが言えなかった。とにかくここは女王様に心安らかにしていただきたいとサース大臣は思った。その時、
「ワーロン将軍が見えられました。」外から声が聞こえた。サース大臣が振り返ると、許しもなくワーロン将軍が部屋に入ってきていた。
「父上、お止めください!」外にいたサランサが何とか押しとどめようとしていたようだが、それをも振り切って強引に入ってきた。そんな無礼はいくらワーロン将軍でも許されることではなかった。しかも最近、ワーロン将軍には悪い評判が上がってきていた。女王様をないがしろにしているという・・・。そのような不敬者を女王様のそばに近づけたくないとサース大臣は思っていた。
「将軍、いかがした。ぶしつけには入ってくるとは!」サース大臣が声を上げて咎めた。
「お許しを。急なことが起こったので報告に上がりました。」ワーロン将軍は平然としていた。まるでサース大臣など取るに足りないと。その傍若無人な態度にサースは眉をしかめた。女王様が病で臥せたのをいいことに魔騎士たちを手なずけて私兵化したなど、よくない噂の多いワーロン将軍が女王様に何を言うのか、彼には嫌な予感しかしなかった。
「女王様は病に臥せておられる。後で私が聞こう。」サース大臣は言った。
「いや、ここで申し上げねばなりません。サース殿ではなく女王様に。重要なことです。」ワーロン将軍は引き下がらなかった。サース大臣にはワーロン将軍は増長しているとしか思えなかった。
「ならば聞こう。」エリザリー女王は苦しそうに言った。
「申し上げます。ジェイ・リーカーが反逆いたしました。気がふれたようでアーリー様を殺し、エミリー様を人質にして出奔しました。ただ今、魔騎士たちが追っております。」ワーロン将軍は冷ややかに言った。サース大臣は目を伏せた。やはりこんなひどいことを弱っている女王様に告げるとは・・・いやな予感は的中してしまった。サランサも父の無礼の申し訳なさに顔を伏せていた。
「リーカーがか! ではアーリーとエミリーは・・・」女王はショックを受けてそれ以上、言葉が出なかった。
「アーリー様がリーカーの手にかかり亡くなられました。多分、エミリー様もすでにリーカーの手にかかってお亡くなりになっていると思われます。残念です。この上は妹君、マデリー様にお会いいただき、後を託されますように。」ワーロン将軍は言った。女王は話せない程、動揺していたが必死に頭を横に振っていた。その意味をくみ取ったサース大臣は、
「将軍、ここはお下がりなさい。女王様は強いショックを受けておられる。とにかくこの場は・・・」サース大臣は言った。それに対してワーロン将軍は、
「わかりました。またご報告に参ります。」と部屋から出て行った。彼は弱った女王を見て、口元が緩むのを抑えきれなかった。
「アーリーが・・・エミリーが・・・」女王はうわ言のようにつぶやいていた。
「おいたわしや・・・」サース大臣はその女王の姿に同情を禁じえなかった。
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