あわてんぼうのラブレター

あん彩句

あわてんぼうのラブレター


 その子の顔は、ちゃんと憶えてるよ。ファミレスのボックス席に制服姿の女の子たちが固まって笑ってたら見ちゃうのが当然だし、誰が一番好みかってチェックするのは絶対で、一緒にいたのが健全な男子ばっかりでノリが良い、ときたら次の流れは必然だ。


「んじゃ、行くか」


 誰かが言って、全員頷く。そして利き手をすっと出して、決戦を始める——誰が声をかけに行くかジャンケンだ。


 それでもオレたちはバカだから、手の内を知っているそのジャンケンの駆け引きだけで盛り上がって好機を逃してしまった。気がついたら女の子たちは帰り支度を始めていて、割り勘も全て完結して代表の子が伝票を持って会計を待っていた。


 残りの女の子たちは店の入り口の待合に集まって、前髪を気にしたり、爪を気にしたり、スカートのシワを気にしたりしながらおしゃべりと笑みを続ける。そしてやがて、店の外へ楽しそうに出て行ってしまった。


「ばっかじゃねぇの」


「俺ら全員な」


「なんでこんなバカしかいないわけ?」


 みんな不貞腐れて頬杖をつく——でも、すぐに立ち直るのはオレたちの良いところだ。誰かが「そういえばさ」と話題を振れば、途端にみんな身を乗り出してワハハと笑った。


 女の子はオレたちに必要だ。男ばっかりじゃ眉毛も髪の毛もどうでも良くなるだろう。だけど女の子がいれば、カッコつけなきゃいけない。ちょっとくらい悪ぶったりもする。



 それからしばらくオレたちはファミレスに居座ることに決めて、残念ながら逃してしまった恋のきっかけはスッパリ諦めて、やっぱりバカな話題で笑い合った。どれくらいバカな話題かって言うと、明日になっても覚えてる内容は正味5分程度ってところだろう。それでいい、楽しいから。


 オレはその途中で、3人でやった飲み物ジャンケンに負けてドリンクコーナーにいた。店の入り口に背を向けて、よりによって2人が同じカプチーノとか言うから、ぼうっとして抽出待ちだった。


 自分のはボタンを押せば出てくるメロンソーダで、手持ち無沙汰にその場で少し飲んだりした。そして、次のカップを準備して、カプチーノのボタンを押したところで入り口のドアが開いた。ひゅうっと風が吹き込んできて、思わず振り返る。


 体重を乗せて寄りかかるようにドアを開けたのは、さっきオレたちが声をかけようとした子たちの中にいた女の子だった。だからちゃんと顔は憶えてるよ、開けたばかりらしいピアスを気にして髪を耳にかけたのがちょっといいなって思ったから。


 その子はオレと目があって、「あっ!」と言って顔を赤くした。だからオレも「え」と言ってグラスを落としそうになった。その子は急に力士が土俵入りするみたいな仕草で手に拳を握って、でもすぐに慌ててその手の中を覗き込んだ。


 ああ、とその子は渋い顔をした。だけどそれも一瞬で、顔を上げてこっちへ来る。オレの前に立つと、その手を差し出した。


「あ、あの、急にごめんなさい。でも、あの——ひ、ひと——ちがっ、うぅ——と、と、友達になりたくて!」


「えっ?」


 びっくりした。びっくりを超えるびっくりだった。オレは鳩尾に肘がクリーンヒットしたように目をチカチカさせてその子を見た。その子もオレを見ていたけど、暖炉の前に目一杯寄っているみたいに顔が赤かった。


「だから、あの、これ、読んで、ください!」


 なんだかものすごく力強くそう言って、バチン! と、ドリンクバーのカウンターへ紙を叩きつけ、うん、と頷いたその子は逃げるように店を出て行った。ポカンとしてそれを見送ると、入り口のガラスからギリギリ見える位置に女の子たちが固まっていて、走って戻ったその子を飲み込んで向こうへ流れて行ってしまった。


 読んでください、と言ってその子が置いていった紙を見る——紙、というかレシートだった。しかもくしゃっとなったレシートの裏。そこに小さな文字が書いてある。


 名前と、高校の名前と学年と、それから出席番号と、身長と、血液型、の下に『よかったら友達になってください。』という一言。その上には『一目惚れです。』という一言が二重線でまっすぐに訂正されていた。


「——え?」


 これが戸惑わずにいられるだろうか。


「っていうか、なんで出席番号……」


 それ以上の情報がないかとレシートをひっくり返す。購入履歴は『ちんすこう』6袋で、時間的におそらくさっき買ったばっかりだ。


 オレはなんだかおかしくなって、ドリンクバーのカウンターに手をついて大笑いした。烏龍茶を取りに来たおばさんに未確認物体でも見るような目を向けられたけど、これが笑わずにいられるもんか。


 ——マジでやられた!



 オレはそのあと、宝探しするみたいにその子を探さなくちゃいけなくなった。ま、そう言ったって高校と名前と出席番号がわかってるから、あっという間に見つかっちゃうんだけど。


 翌日、仲間を引き連れて校門で待ち伏せしていたオレを見つけると、その子はまた顔を赤くして悲鳴を上げた。それで、友達の背中に隠れてしまって、引っ張り出すのにかなり手こずった。手こずったわりに、引っ張り出してしまえば饒舌だった。


「あのね、私はちんすこうが大好きなんだけど、コンビニで沖縄フェアとかやらないと簡単には買えないわけ。それも見つけた時に買わないと売り切れちゃうんだよ。昨日はね、コンビニ寄ったらたまたまちんすこうが売ってて、もちろん食いつくよね、私。でね、友達が言ったの。『ねぇ、さっきカッコイイって言ってた男の子もさ、今を逃したらもう会えないかもよ? いいの? ちんすこうみたいに次のチャンスってきっとないよ、一目惚れなんて奇跡の産物だよ』って、あ! 違うの、一目惚れじゃなくて友達になりたかったんだけどね、うん、それだけ。だからがんばってみたけど、後悔しかないよね。なんで私、レシートの裏に書いたんだろ……」


 今ではそんなレシートもただのツルツルに長細い白い紙で裏も表もなくなって、初めてもらったただの手紙——そう、二重線で消された文字がまだ見えるうちは、これをラブレターって呼んでもいいって思ってる。不意打ち変化球のラブレター、仲間にはしばらくの間、恋愛の神様って崇められたよ。




【 あわてんぼうのラブレター 完 】


 

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