3 解放戦線

 そうしたスタリンジャーの活躍により、世にはびこる悪徳資産家達は徐々に排除され、労働者階級にとっても暮らしやすい平等な社会が実現しようとしていた……。


 この頃になると政治家や官僚の間にも彼らを支持する者達が増え始め、国家も共産主義を軸とした体制に舵を切るようになる……ブルジョワジーとの闘いは、彼らの勝利目前にまで迫っていた。


 しかし、その華やかな成功の裏で、彼らの抱える大きなひずみが彼らの組織を静かに蝕んでゆく……。


「――ハァ……困ったことになった……」


 党本部会館の第二書記事務室。スタリンジャーを直接管轄する党のナンバー2・レフ第二書記に呼び出されたレッドは、開口一番、溜息混じりにそう告げられる。


「いったい何があったというのですか?」


「大地主のフットー・フロウショトッキー氏は知っているな? 今日の代表党大会で彼への粛清が決定された」


 いつになりレフの様子に訝しげな顔で尋ねるレッドに対して、彼は悲痛な面持ちでそんな風に話を続けた。


「え!? あのフットーさんにですか? 彼は確かに大地主ですけど借地人に優しく、我々の思想にも理解のある善良な人間です。けしてブルジョワ獣なんかじゃありません! それなのにどうして……?」


「大地主であること自体が罪なのだと……私も粛清には反対したが、逆に革命精神が足りないとヨシフ第一書記から叱責を受けてしまった……党の決定だ。従わざるをおえまい……」


 その話にはレッドも驚くが、暗い顔のレフは残念そうにそう答える。


「すでに決まったことだ……すまないが、いつもの如く君達に粛清実行を任せたい……」


「……了解しました。党の命令とあれば致し方ありません……」


 心苦しげに命令を下すレフ第二書記に、納得のいかないものを感じながらもレッドは弱々しく敬礼を返した――。




 数日後、大地主フットーの大邸宅へ赴いたスタリンジャーは、命令通りに粛清を実行する……。


「――私のことは心配いらない。みんな、達者で暮らすんだぞ?」


「あなた…グスン……どうか、身体だけにはお気をつけて……」


「パパぁ~! 行っちゃやだよお~! うわぁぁぁぁぁ~ん…!」


 縄で縛られ、連れていかれる優しげな中年男性に、彼の家族である奥さんや幼い子供達、さらには彼を慕う使用人達までが涙を流してそれを見送る……。


 資産家ではあるがブルジョワジーの一員ではなく、抵抗することもなかった彼は命こそ奪われなかったものの、その財産はすべて没収。彼自身は反革命分子として収監後、強制労働に従事させられることとなる。無論、家と収入を失った罪人の家族も過酷な生活を強いられることとなるであろう……。


「……なあ、この粛清ってほんとに必要なのか? 俺達のやってる革命って本当に正しいと思うか?」


 その見るに堪えない家族達の姿を目の当たりにし、思わずレッドが素直な疑問を口にする。


「仕方ないさ。大地主であることは大罪だからな。それよりレッド、そんなこと口にしているとおまえまで反革命分子と疑われるぞ?」


 だが、尋ねられたブルーは何も疑問に感じていない様子で、平然とそう返すのだった――。




 そして、それより数日後のこと……。


「――ええっ!? レフ第二書記を粛清しろとおっしゃるのですか!?」


 突然、秘密裏に党のトップ、ヨシフ第一書記の部屋へ呼び出されたレッドは、その最高指導者からそんな密命を与えられていた。


「ああ。やつは革命精神に乏しい反乱分子だ。それに党の実権を握ろうという野心も持っている。このまま捨て置くことなどできん」


「そ、そんな……な、何かの間違いです! レフ第二書記は立派な革命闘士です! どうかご再考を願います!」


 無論、そのような命令、聞き入れることなどできない。レフが反革命分子などとは信じられず、反論をするレッドであったが。


「貴様! あのような堕落した者の肩を持つのか!? ならば貴様も反革命分子の仲間として一緒の罪に問うぞ! それが嫌ならば今ここで自己批判をし、党への忠誠を見せてみよ!」


 するとヨシフは口髭の生えた顔を真っ赤にし、急に激昂してレッドのことまで責め始める。


 第一書記の言葉は党の意思そのもの……ここで逆らえば、彼自身もレフに連座して罰せられるのは明らかである。


「も、申し訳ありません! わ、私は、革命精神に欠けておりました! これからは党とヨシフ第一書記の崇高なるお考えに従い、革命のために邁進することをここに誓います!」


 恐怖にかられたレッドは疑問を感じながらも、直立不動で自己批判をした後、不条理なヨシフの命令を受け入れることとする。


「それでよろしい。スタリンジャーのリーダーである君には期待している。その期待を裏切るような真似はしないでくれよ?」


 そんなレッドの態度を見て、とってつけたような笑顔をヨシフは浮かべると、その裏に脅しを孕んだ声の調子で彼にエールを送った――。




「――いたか!? こっちはもぬけの殻だ」


「いや、こっちもだ。まだ遠くには行ってないかもしれん。もっと捜索の範囲を拡げるぞ!」


 その夜、レフ第二書記の邸宅をスタリンジャーが急襲し、彼は電撃的な粛清を受けることとなった……。


 しかし、どこからか事前にその情報をキャッチしたレフは寸でのところで家から逃走し、スタリンジャーが到着した時にはすでに家族ともどもその姿は掻き消えていたのである。


 後にわかったところによると、フットー氏粛清に反対したことで立場を悪くした彼は、自らの身にも危険が及ぶことを予想して、前々から逃走ルートを準備していたようだ。現在はツテを頼り、資本主義陣営の某国へ亡命しているとのことである――。

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