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相部つくす

最終話 始まりの日

 今日こそはやつを倒す。

 僕らの決意は常に鋼よりも硬かった。



 やつが転校してきた日、僕らはみんな思った。

ーーなんか、普通だな

 地味でもないし派手でもない。可もなく不可もなく……女子が騒ぐほどのイケメンでもないし、案外すぐに当たり前にクラスメイトになるんだろう……そう思っていた時期が、僕らにもあった。


「鈴木 努(すずき つとむ)です。よろしくお願いします」


 よろしくな、鈴木。今日の放課後、僕んちでゲームしようぜ。


「鈴木君は何が好きなの?」

 クラスの男子内人気ナンバー3のアケミちゃんが質問した。人気ナンバー3でありながら、実は1番注目されている。僕らは実にせこい生き物である。


「ゲームとか運動とか何でも好きだけど、1番好きなのはドッジボールかなって」

 クラスのみんなの心が沸き立った。なんせドッジは僕らの中でもタイムリーな遊びだったからだ。タイムリー鈴木と心の中で名付けた。


 当然、僕らはその日のお昼休みは鈴木を囲んで運動場に向かった。

 これがいけなかった。

 僕らは鈴木が転校してきた日を「始まりの日」と名付けることになる。



 運動場、晴れ、視界良好、地面の具合よし。

 さて、今日は誰が言い出すか。

「おれ外野いくー」

 ふ、自分から外野に行くびびりの中田め、相変わらず外野に逃げるんだな。だが、中田はまだましな方だ。何も宣言せずに外野に行くやつもいるからな。

そんなことを思っていると、鈴木が僕に聞いてきた。

「中田くんはドッジボール上手いの?」

「へっ? 全然?」

 鈴木は「そうなんだ……」と言って、肩を回し始めた。

 鈴木……緊張してんだろ……分かるぜ……女子が観戦しに来てるもんな。第一印象は今後の生き方に大きく左右する可能性が高い……パパが言ってた。


「いくぜー!」

 クラスのリーダー格、大橋が声を試合開始の号令をかけた。


「あっ!」

 誰もが思ったはずだ。大橋のやつ、いきなり鈴木に向かって振りかぶりやがった。そんなやつがあるかよ……転校初日だぞ。


 大橋は背が高い。圧倒的高度から足元にボールを叩きつけられたら、初見のやつはまず反応できない。みんなやられた技だ。当たらなかったとしても、地面を跳ねて外野に飛ぶもんだから、大橋の有利状況が変わらない。

すまん、鈴木……お前が犠牲となって、こぼれたボールをなんとか僕が拾うから……安らかに。


「っな……!」

 鈴木、なんだその目は……どこを見ているんだよ。逃げる動作もなしか……いや、この場合逃げるより向かい合う方が低リスクなんだ。


「おい、あいつ今何した?」

「つま先に当たったよな?」

 クラスがざわついた。


 僕は見ていた。鈴木は、爪先でボールのバウンドを微調整しやがった。

それだけならまぐれかもしれない。だけど、僕は見ていた。鈴木がボールだけではなく、ボールに連なる指先から肩……いや、身体全体をじっくりと観察していたのをッ!!


「……いい威力だ」

 鈴木は呟くようにそう言うと、その右手に持ったボールを大橋の大腿部に叩きつけた。

 大橋のやつ、呆然とした顔で外野に出ていった。後でマイウボーおごってやるか。


 この衝撃的な出来事の後、僕と鈴木のいるチームは徐々に内野の人数を減らされていった。

 びびりが多い上に察しのいいやつらが多いクラスだ。

すぐに鈴木はターゲットから外されていたのだ。1人の女子を除いて。


「さっきの、やってみせなよっ!」

 男子内人気ナンバー2の佐奈川だ。スポーツ万能な元気なやつ。恐れ知らずで、いつもぐいぐいと物事に向かうから、僕は心の中でドリル佐奈川と呼んでいる。


 佐奈川は勉強はいまいちだが頭はいい。大橋のような高さはないが、角度をつけた投球で鈴木のすねを狙った。


 鈴木は、腰を深く落としてーーレシーブかっ!

 鈴木の両腕に飛びこんだボールは、太陽を覆い隠した。

 僕はこの現象を知っている。月が太陽を食らうこの瞬間、僕の中でタイムリー鈴木は金環日食鈴木になった。

 鈴木はボールを自陣のぎりぎりのところに打ち上げた。見れば分かる、そのまま攻撃に移行するためだ。

 ……当てるのか鈴木っ! 女子にっ! その勢いでっ!


「きゃっ!」

 鈴木は当てた。軽やかに、そっと羽を手放すように、佐奈川の肩に当てた。

だが、クラスの男達にとって鈴木がどれだけ紳士的で凄まじい身体能力と判断力があるかなんてどうでもよかった。

 佐奈川から聞いたことのない声を聞いた。

 それが今この瞬間、大切なことなんだ。

 ランキングの序列が変わる音がした。



「早野アウトだよッ!」

 ぼーっとしている内に男子内人気ナンバー1だった花崎にボールを当てられたらしい。

花崎、ごめん、今僕はさっきの佐奈川を記憶に焼きつけることしか頭にないんだ。


 結局その日、鈴木がボールを当てられることは1度もないまま、昼休みが終わってしまった。



 かくして、鈴木の登場が我がクラスに大きな波乱を呼んだわけだが、そのビッグウェーブは4ヶ月しか続かなかった。ドッジボールに飽きたわけじゃない。

 鈴木が転校することになったからだ。


ーーまだお前にボール当ててねえよぉ

ーー勝ち逃げは許さん!

ーーまじかよぉ……まじかぁ……


 なんだかんだ、みんな鈴木が好きになってしまっていた。まじで寂しいんだけど。


 最後のお別れの日、鈴木がみんなの前に立った。

「実は、みんなには黙っていたことがあるんだ」

 クラスがざわついた。何を言うんだマイフレンド鈴木。

 みんな、息をのんで見守っている。


「実は、ぼくは4番目なんだ」

 4番? キャプテンなの?


「前いた学校には、ぼくよりも強い人が3人いたんだ」

 なんだと……?


 嘘だ。鈴木より強いやつがいてたまるか。

 鈴木は……四天王で最弱ってことになる。

 やつは四天王の中でも最弱……だが、僕らの中において最強なんだ……。


「だから、いつも負けてばかりで悔しいと思ってたけど、みんなと一緒にドッジしてたら、勝ち負けとかどうでもよくなるくらい楽しくて……それが、ぼくにとって……すごく……大切な時間だった。短い時間だったけど、ありがとう」



 鈴木とのお別れの日、やっぱり僕らはドッジボールをした。結局鈴木には一回も当てられなかったけど、楽しかった。


 鈴木、お前が僕らのナンバー4だ。

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