4_俺の居場所
教室では蒼さんはあまり俺に話しかけてこない。
この間、俺が蒼さんに『教室では話しかけるな』と言ったからだ。
蒼さんはクラスメイトに注目されている存在。
俺は、気付かれない存在。
彼女が俺に話しかけると、彼女の価値が下がるようで……
それが嫌だった。
俺が彼女をダメにしていくみたいな……
俺と彼女が話すチャンスはいくらでもある。
まずは、昼休み。
天文部員は学校の屋上の鍵を持っている。
晴れた日には、昼休みはそのカギを使って、みんなで屋上で弁当を食べている。
天文部員は最初から俺と蒼さんが一緒にいるのを見ていたので、特に揶揄ってはこない。
ニマニマして見ているのは多少気になるが…
蒼さんの周囲の人は、俺からしてみれば『陽キャ』。
人生勝ち組ばかり。
日々楽しんでいるように見える人たち。
蒼さんはその筆頭。
対して、俺は『陰キャ』ボッチ。
友達などいない。
俺から彼女に友達を紹介することはない。
だっていないから。
彼女にとって、俺は物足りなくないだろうか。
彼女の友達の目から見て、俺は異質に映っていないだろうか。
■観察
野々村(仮)が難しい顔をして近づいてきた。
なに?いじめ?
「うーん」
「なに?」
「なあ、芦本……お前、蒼と付き合ってるんだよな?」
「ん?うん」
「これが『正解』かぁ……なにが違うんだ!?」
「違うと言えば、俺は『橋本』だから」
「ん?」
急いでスマホで調べる。
「『芦本』は……全国で220人か。『傘本』の10人を超える名前は出現するのか……」
「なんだそりゃ……」
「うーん、これなのか?」
野々村(仮)が色んな方向から眺めてくる。
「なにが?」
「俺は、蒼にフラれて、お前は付き合ってる。俺とお前の違いはなんだ……」
「野々村くんは陽キャで、俺は陰キャボッチ的な?」
「それは良いことなのか!?あと、俺は『野村』な。」
野村くんだったか。
野村、野村、野村、野村、野村……よし、覚えた。
「あとは、野村くんには友達がいっぱいいて、俺は友達がいない」
「お前、クラスメイトだろ。俺とは友達だろ!」
「友達……だと……」
「失礼なやつだなぁ。蒼はこんなのがいいのか…全く理解できん……」
(バン!)「「いてっ!」」
「あんたら何やってんのよ!男同士で仲良すぎ!気持ち悪いな!」
蒼さんが俺達の背後から俺と野村くんの肩を叩いた。
「いてーよ、蒼……心もいてーよぉぉぉぉぉ」
そう叫びながら、野村くんはどこかに行ってしまった。
「なにあれ?え?そんな痛かった?」
……割とガチでな。
どこ経由なのかわからないが、俺と蒼さんが付き合っていることは、クラスに情報として浸透してきているみたいだ。
野村くんも、確認してきたくらいだし。
全く話さないより、普通に話すくらいがちょうどいいのかもしれない。
そっちの方が、蒼さん的にも自然な気がしてきた。
■見た目の変化
俺が自分の席についていると、蒼さんがその机に座った。
めちゃくちゃ目の前に彼女がいる。
こいつはパーソナル・スペースが狭すぎる。
目の前に胸があって、ブラウスのボタンを2個も明けているので、胸元が見える。
しかも、俺の身体を跨ぐようにして足を広げて座っているので、パンツが見えそうで……
少なくとも太ももはめちゃくちゃ見えてる。
対して、その蒼さんは俺の髪の毛を摘まんでいた。
なんか頭頂部見られるの恥ずかしい……
「ねえ、橋本くん髪切ったら?かっこよくなるんじゃない?」
そう言えば、最近めんどうで髪切ってなかったな。
控えめに言ってもボサボサだった。
「ねー、マスモー!」
「なにー?」
呼ばれて増本さんがやってきた。
ついでに仲間のギャルが何人か来て、俺の周りを囲んだ。
ヤバい変な汗が出てきた。
「橋本くんだと、どんな髪型だと似合うと思う?」
「んー、意外にベリーショートとかいいんじゃね?」
ベリーショートとはどんな髪型なのか。
日本語にしたら「めっちゃ短い」だぞ!?
坊主のことか!?
「ツーブロも良さげ?」
「結構、髪やわらかいからツーブロ大丈夫かな?」
本人を放置して、ギャルたちが色々と俺の髪型について話している。
その間、ずっと蒼さんが俺の髪を触っていた。
なんか、めっちゃエロイ感じ。
「髪多いから、梳(す)いて、毛先を遊ばす感じがかっこいいかも」
『毛先を遊ばす』とは!?
「わかった?」
急に蒼さんが俺の顔を覗き込んで言った。
はっと我に返った。
すまん、俺は蒼さんのお腹ばっか見てた。
別にお腹が好きな訳じゃないけど、胸ばっか見ていると指摘されそうで、脚見てるとそれも指摘されそう。
間を取ったらお腹になっただけ。
「女子たちの意見を参考にしたらいいかなぁと思って」
「あぁ、ありがと。ただ、後でもっかい教えてくれ。どういう意味だったのかほとんど分からなかった……」
「ウケる。まず……」
わかりやすく教えてくれた。
蒼さん良い人。
■周囲の反応
俺が座っていると、ついに蒼さんは俺の膝の上に座ってきた。
しかも、俺の方を向いて。
これはもう、四十八手の一つ「抱き地蔵」では!?
「橋本くん、なにげにまつげ長いよねぇ」
蒼さんがすげえ覗き込んでくる。
「あ!橋本くんの瞳……」
どうした!?
「私しか映ってない!」
そりゃあ、これだけ近くにいたらな!
「蒼、めちゃめちゃラブラブじゃね?」
増本さんが寄ってきた。
「だって、私、付き合ったことないし、初めての彼氏だからなんか嬉しくて……」
なん…だと!?
俺が初めての彼氏!?
まあ、俺も蒼さんが初めての彼女だが……
「いや~、見てる方がテレるわぁ」
「そっかなぁ?普通じゃね?」
「ほら、橋本くんだって顔真っ赤だし」
俺の顔は真っ赤なのか!?
そりゃあそうだろうなぁ。
でも逃げられない。
今ここで俺が立ち上がったら、四十八手の一つ「達磨返し」になってしまう。
「誰の告白も断ってた蒼が、こうなるとはねぇ……怖いわぁ」
「そんなんじゃないし」
もしや、今のこの状況って『バカップル』なのでは!?
いや、まさか、俺が……そんな訳ない。
そんな訳がない。
「完全にバカップルだね」
やっぱりそうなのかーーーっ!?
増本さんに指摘されてしまった。
なんか教室でも、蒼さんと話してても違和感が無くなってきたような……
市民権を得てきた感じ?
「俺は陰キャだし、ナシでは!?」
「この間、蒼が倒れた時お姫様抱っこして保健室に行ってたじゃん?」
「そう言えば、そんなこともあったか……」
「なんかあれで評価爆上がりで、一周回ってアリってことになってるよ?」
どこの一周を周ったらそうなった!?
保険の先生には怒られたし……
■自分
片思いの女の子となんとなく付き合えるようになって、道連れ的に部活に入って……
野村くんは、俺のことを友達だといった。
友達なんていつ以来だろう……
みんなで俺の髪型について考えてくれて、自分がしたかったことをしただけなのに、周囲から褒められて……
なんだこれ。
この気持ち、なんだ。
なんか、ざわざわする。
俺がこんな気持ちに耐えられるわけがない。
今すぐケツをまくって逃げ出したい。
でも、蒼さんはもう、手放せない。
手放したくない。
俺は既に『青春』という化け物に飲み込まれていて、そこから抜け出せないようになっているのかもしれない。
しかも、自ら逃れたくないと思っている。
「一人でなにやってんの?まったく、暗いなぁ」
教室の席で外を見ながら一人考え事をしていた俺に、蒼さんが声をかけてきた。
「いや、俺とりあえず、髪カットして、服買いに行ってみる。付き合ってくんないかな?」
「お!蒼さんのセンスが求められている的な?」
「うん、求めている」
「おー、そっかぁ、じゃあ、まず髪型は坊主ねぇ」
俺の頭をぐしゃぐしゃにしてくる。
「お前、坊主フェチか!?やっぱなしで!なしの方向で!」
「ショリショリの感覚好きなんだよね~」
「あ!また蒼が橋本くんとイチャイチャしている!」
増本さんが指摘した。
「あああああ~、蒼ぃ~~」
野村くんが叫びながら走っていった。
よく見ると面白いやつだった。
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