3_キラキラ
「ごめん、好きな人がいて……」
「いえ、ありがとうございました……」
クラスの男子、野村が廊下で1年生の女の子に告白されていた。
手作りと思われるクッキーも受け取らなかった。
一般的に見ても、かわいい方だったのに、野村はあっさり断っていた。
「あー!野村が1年の子、フッた!」
廊下の陰にいた増本がいち早く気づいて指摘した。
「ばか、静かにしろ」
「めちゃくちゃかわいかったじゃん!よかったの?」
「だって俺……」
「蒼にはフラれたんでしょ?」
「ぐっ!お前、遠慮ないのな」
「フラれた恋を忘れるには新しい恋がいいのにぃ」
「俺はさぁ、俺はぁ…まだぁ…」
野村はちょっと涙ぐんでいた。
「あーあ、その蒼はどうなってるんだろうねぇ」
増本が少し遠くを見ながら、蒼に思いを馳せる。
□□□□□
「ねー、蒼さんと遊びに行こうよぉ」
授業の合間の10分休憩に、俺の席まで蒼さんがきて言った。
「お前が教室で話しかけてくると、注目されるんだよ」
「いいんじゃないの?見せてたら」
「そんな鉄のメンタル持ってないよ」
次の授業の教師が見えたのもあって、蒼さんは諦めて自分の席に戻るみたいだ。
「じゃあ、昼休み屋上で?」
「わかった」
陽キャ代表白ギャル蒼さんと、陰キャボッチ代表の俺が教室で話していると、注目される。
陰でヒソヒソされるので、ちょっと泣きそうになる。
天文部員に与えられた特権、屋上の鍵を持てるというのは、蒼さんとの会話においても有効だった。
「橋本くんはさぁ、私の外見だけ見て好きになったの?」
「まぁ、そうだな。見かけただけだと中身とか知らんし」
「もうちょっといい方あるでしょ?嘘でもいいから中身も気に入ったとかぁ」
「俺は正直に生きているんだ」
「じゃあ、どこ好きになったの!?」
「顔がかわいくて、笑顔がかわいくて、声がかわいい。そして、仕草がかわいくて……」
「ちょ!ちょ!もう、いい!わかった!分かったから!」
急に慌てたように、蒼さんが挙動不審になった。
「なんだよ、お前が聞いたんだろ」
「いや……テレる。心がついて行かなかった……」
なぜか、下を向いて小さくなっている。
蒼さんは顔は真っ赤だ。
なにか調子が悪いのだろうか。
「付き合う前だと内面とか分からないだろ。出会った瞬間は見た目から勝手に相手を想像しているだけ」
「じゃあ、私っていうより、橋本くんの想像した私が好きって感じ?」
「まあ、そうなるな」
「じゃあ、もう、私も普通にしてても、地味にしてても、どっちでもいいんじゃないの?」
「そうだな。お前はそのままで十分だ」
「かわいい?」
「かわいい」
「『双葉ちゃん』は?」
「めちゃくちゃかわいい!なんかこう、愛しさが湧き上がってくるみたいな……」
そのかわいさを手で表現していたのだが……
「なんかそこに変な熱量を感じるのよ!」
蒼さんは、なんか妙に冷めていた。
■□■□■廊下
増本さんに声をかけられて、廊下の端に行った。
彼女も白ギャルなので、ちょっと緊張する。
「橋本くんさぁ、付き合い始めたんだって? 」
蒼さんとのことだろう。
「うん、まあ……」
「普段の格好のことで蒼、なんか悩んでるみたいよ?なんか言った?」
「いや、言っていないけど……」
「言ってないけど?」
「態度で示した」
「ダメなやつ出た!」
「一応そのままでいいって言ったのに……」
「ギャルきらいなの?かわいいのに 」
「かわいすぎて、俺の心が追いつかない。地味にしてたくらいが俺にはちょうどよかった」
「蒼、派手じゃないよ?まあ、地味でもないけど」
「ほら、新巻鮭って鍋に入れないと塩辛いだろ?」
「……ごめん、言ってることが分からない」
「ぬぅ……」
ギャルとの共用語がないことに気づいた。
「新巻鮭はわからないけど、伝わってないと思ったら、直接口で言ってあげたら?」
「……」
蒼さんは、いい友達を持っているようだ。
■□■■□■放課後屋上
放課後、蒼さんを探したが、いなかった。
鞄はまだ机に置いてあるから校内に入るはず。
俺は迷わず屋上に行った。
放課後の屋上は、誰もいないようだった。
以前は、毎日天文学部がたむろっていると思っていたが、いざ入ってみたら分かる。
誰もいない。
ほとんどが部室で調べものしているか、喋っているかだ。
屋上に蒼さんの姿を見つけた。
一人フェンスに手をかけて遠くを見ていた。
「ここだと思った」
「なに?」
ちょっとこっちを向いてくれた。
「あ、いや、大した用じゃないけど……」
「ふぅん」
また、視線を戻して、遠くを見ている。
「俺、蒼さんのことちゃんと好きだから」
もう一度、こちらを向いてくれた。
「かわいいのも、他人を気遣いすぎて自分のこと忘れるとことか…… 」
「…」
「今は、外見だけじゃなくて、内面も見た上で……好きだから」
蒼さんが不思議そうな顔をしている。
聞こえてなかった?
「だいたい、お前キラキラすぎるんだよ。かわいいのに、性格がいいとか反則だろ」
蒼さんが、あのニマニマ顔をしている。
ダメだと分かっていても、止まらない。
「嫌いになる要素がないんだよ。俺には眩しすぎて迂闊に近寄れん……」
蒼さんが近づいてきて言った。
「馬鹿だなぁ、橋本くんだって、私からしたらキラキラだよ」
蒼さんが、俺の袖を摘まんで続けた。
「コンビニでも助けてくれたし、教室で貧血のときもみんないるのに、橋本くんだけ助けてくれたし……」
「あれは……そんなんじゃないよ 」
「じゃあなに?」
「……弱ってる姿を他のやつに見せたくなかっただけ。極めて個人的な事情だ」
ここで、この魚、完全に水を得た。
俺の顔をニマニマ覗き込みながら続けた。
「あれ〜?それは独占欲的な?俺の蒼を見るな的な?」
「うるせー、そうだよ!悪いかよ!?」
この後も、さんざん揶揄われ続けた。
■同校グラウンド
「あれ?屋上に人いない?ほら、二人……」
「ん?あ!キスしてね!?」
「うわ!マジだ!俺初めて人がキスしてんの見た!」
しばらく話題になったらしい。
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