絲を引く者-弍

 斬り捨てるのは容易いが、九朗を前にしても怖気づかぬあたり、女は今まで対峙してきた末端の構成員ではなさそうだ。拷問にかけ、女が知る情報を吐き出させる。

 女を捕えようと足を踏み出した矢先、天から恵みの大雨が降り注いだ。絶え間なく降り注ぐ滝の糸ならぬ雨の糸は白く煙り、壁となって九朗の行手を阻む。

「丁度ええわ、うちはこれでお暇します。九朗さん、今後ともうちらをご贔屓に」

「待て――」

 伸ばした手は届かず。女の姿は雨の簾の向こうに掻き消えてしまった――


「――稲生を逃した直後、第六天党の構成員と接敵しました。此度の騒動の裏では奴らが糸を引いていたようです。稲生は今回の事態に深く関わっておらず、捨て置くべきと判断しました。如何様にも処分は受けます」

 目を閉じ、指を組んで報告に耳を傾けていた濡羽は黒真珠の瞳をゆっくり開いた。

「九朗の判断は正しい。よって処罰を行う必要はない」

「ありがとうございます」

 九朗は再び頭を垂れる。すかさず大牙が水を差してきた。

「でもさあ、その第六天党とやらにも逃げられてんじゃん」

「貴様……」

「いちいち目くじら立てんなよ、うぜー。っつーかさ、イノーもソイツも物怪絡みの現場に現れたんだろ? ってことはさー、オレ達が物怪を討伐しに行けば魔王の取り巻きとイノー、どっちとも逢えるワケじゃん。真面目に仕事してりゃまた殺り合える機会が巡ってくるんだろ? これって一石二鳥じゃね?」

 どこまでも楽観的な大牙は九朗にとって忌々しく、同時に羨ましくもあった。

「そうだな……大牙の云う通りだ。第六天党を壊滅させるためにも、これまで以上に精力的に討伐に励むように」

「はっ」

「はーい」

 報告を終え、市中の見廻りに赴くため軍靴を鳴らして廊下を歩く九朗の脳裏に、ふと疑問が頭を擡げた。それはじわりと九朗の脳髄を侵食していく。

(あの女……何故俺の名を知っていた? 奴はどこまで知っている?)

 八咫烏の構成員達は機密保持のためその素性を外部に伏せている。そして、自分は女に対して律儀に自己紹介などしていない。

 敵に情報が漏れている? あり得ないとは云い切れない。一つだけ情報を得られる経路がある。九朗には心当たりがあった。突如として逐電した先代隊長が、第六天党と通じている可能性。だからあの男は現場に居合わせたのではないか? 惚けたフリをして、女に情報を受け渡していたのではないか――

 であれば、稲生をみすみす取り逃したのは不覚極まりない。九朗の腹の内から怒りが込み上げてきた。それは隊を裏切り不徳を致した稲生への怒りであり、不甲斐ない己への怒り。

(次に相見えた暁には、差し違えてでも必ず殺してやる)

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