絡まる縁
花街を焼いた火災から数日後、長谷が〈もののけ屋〉を訪ねてきた。火事騒ぎで調査の成果を報告できずにいたため、改めて結果を知りたいとわざわざ足を運んだのだ。
徹平は判明した事実を大まかに伝えた。男女を殺めた絡新婦は遊女達の嫉妬心から生じていたこと。それに勘づいた八咫烏が貸座敷ごと襲撃したこと。浄蓮が本物の絡新婦だったことだけは伏せておいた。
「そうですか、そんなことが……」
長谷は髪の毛の乏しい頭を抱えた。騒動の原因が店で働く女性達と知らされては、主人としても面目が立たないのだろう。
「それで、謝礼の方は……」
ゴローの冷ややかな視線が突き刺さるが気に留めない。長谷は申し訳なさそうに巨躯を縮こまらせた。
「恥ずかしながら、店と一緒に財産の殆ども焼けてしまって。残った額も街の復興と従業員の手当に使うつもりです」
「あー……そうですか」
謝礼を受け取る気でいた徹平は肩を落とした。先の火災で花街の建物の殆どが焼けてしまい、中でも長谷の店が一番の被害を受けていた。焼き討ちを主導した八咫烏への賠償金の請求は至難だろう。
「復興には尽力しますが、私はもう経営からは手を引くつもりです。新しくやっていくにも金はかかりますし、仕組みそのものが時代にそぐわなくなってきている。きっとこれも運命なのでしょう」
ともすれば――徹平は思考を巡らせる。八咫烏を使役する時の権力者の狙いは、花街の廃止にあったのかもしれない。方法はかなり暴力的だが手っ取り早くはある。
「実は、今回お伺いしたのは、稲生さんにもう一つお願いがあるからなんです」
「お願い?」
徹平が抱える苦い気持ちなど露知らぬ長谷の呑気な口調に、嫌な予感がした。すると唐突に戸口が開き、大家のハツ江夫人が足音も荒く室内に踏み込んできた。
「こんにちは、お邪魔しますよ。あら稲生さん、今日はちゃんと朝から起きていらっしゃるんですね。感心感心」
「余計なお世話っすよ。ていうか、今来客中なんすけど」
「それくらい見ればわかります。そんなことより、新しい店子さんを紹介しに来たの。ほら、おいで」
ハツ江夫人に続いて戸口から現れた少女を見て、徹平は目を剥いた。
「瀧!?」
肩口で切り揃えられたおかっぱ頭に、円らな瞳。紛れもなく、浄蓮の禿だった瀧だ。呆気に取られる徹平に長谷が云う。
「お願いというのがこの子のことなんです。身寄りもないこの子は本来ならば私共が引き取るのが筋でしょうが、聞けばあなたに懐いているそうで。大家さんにも事情をお話ししまして、是非この長屋で預からせてほしいと」
大家のハツ江夫人は人情話に弱い。瀧の身の上話を聞いて断る選択肢はなかっただろう。
「瀧ちゃんは可哀想な子でねえ、これまで苦労してきたんだってね。うちは空き部屋沢山あるから好きに使っていいからね。それと、悪いけど稲生さんのことも面倒見てくれると助かるよ。この人だらしなくてねえ……」
「大丈夫です、住まわせて頂けるのに我儘は云えません。それに、世話なら姐さん達相手で慣れてます」
「まあ頼もしい。稲生さん聞きました? 瀧ちゃんの手を煩わせないためにも生活をきちんと改めてくださいね」
好き勝手に云い合う女性陣に辟易していると、ゴローが耳打ちしてきた。
「厄介なのに気に入られたな」
「うるせえ、他人事だと思いやがって」
何かを探しているのか、きょろきょろと忙しなく彷徨っていた瀧の丸い瞳がゴローを捉えた。途端、表情がパッと明るくなった。
「あっ、ゴロー様!」
「ゴロー“様”ぁ!?」
「あの、あの時は助けていただいてありがとうございました! あたし、どうしても貴方にお礼を云いたくて……」
声を裏返した徹平を気にも留めず、瀧は白い頬を上気させてゴローを凝視している。色恋沙汰に疎い徹平でさえ勘づく程の露骨な態度に、少女が徹平の元に来たがった理由を察した。
「なんだい、ゴローちゃんも隅に置けないね」
ハツ江夫人が笑い、長谷も得心した様子で頷いている。すかさず徹平は云ってやった。
「お前こそ、厄介なのに気に入られたな」
「……黙れ」
ゴローは低く唸るような声を絞り出した。徹平の日々は更に賑やかになりそうだ。
異能物怪録 佐倉みづき @skr_mzk
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