絲を引く者

 九朗は苛立っていた。

「いいなー九朗、イノーと遭ったんだって? オレも一緒に行けばよかったなー。そしたら無様に逃げられなくて済んだのに」

 特務陰陽寮〈八咫烏〉を率いる三人の隊長が集う執務室。報告を聞いた大牙オオガは底意地の悪い笑みを浮かべながら九朗の神経を逆撫でてくる。

 九朗に今回課せられた任務の内容は、絡新婦の討伐及び花街の撤廃。明治以前の旧文化の除去に躍起になっている政府は貸座敷として営業を続ける花街の存在を快く思っておらず、八咫烏を利用して解体を進めようとした。二つの任務を同時に進める最も効率のいい方法が焼き討ちだったのだ。おかげで座敷の多くは焼け落ちて営業がままならなくなり、経営から撤退する楼主も少なくないと聞く。

「お前こそ奴を一度取り逃したくせに、よく減らず口を叩けるものだな」

「あ? 邪魔さえ入んなきゃ殺れてたっつーの」

「どうだか。口では何とでも云えるよな」

「大牙、話の腰を折るものではないよ。九朗、続きを」

 いきり立つ両者を濡羽ヌレハの一声が嗜める。九朗は恭しくこうべを垂れた。

「はっ……申し訳ございません」

 彼の脳裏には、過日の苦い記憶が蘇っていた。


 徹平と瀧に逃げられたあの時、すぐに彼らを追跡しようとした九朗だが、妨害に遭った。

「随分と非道いことしはるんですね」

 凛と澄んだ女の声。背後まで接近していたにも関わらず、気配を全く感じなかった。振り向くと、色素の薄い髪を纏めて結い上げ、喪服を思わせる無地の黒の着物を纏った女が佇んでいた。

「誰だ貴様は。遊女ではないな」

「うちですか? うちらのことはあんたらもよぉく知ってはると思いますけど」

「――第六天党か」

 呟いた九朗の声音が峻険なものになる。第六天党。山本五郎左衛門と覇を競う神野ジンノ悪五郎アクゴロウを旗頭に担ぎ上げ、物怪の世の復活を企む過激派組織。

 女は薄い口の端を吊り上げて笑った。

「はい、そう名乗らせていただいてます。うちは烏さん方の敵いうことになりますね」

 女の気配は物怪のそれとは異なるが、人間でありながら物怪に手を貸すなど言語道断。目の前の女も粛清対象だ。九朗は刀を鞘から抜き放った。

「理解していながらのこのこと出てくるとはな。余程命が惜しくないとみえる」

 鋒を突きつけられてなお、女は余裕のある笑みを崩さなかった。

「ご挨拶に伺っただけです。絡新婦はどうでした? よう育ってはったでしょう?」

 九朗は眉を顰めた。女の物言いは、自分が絡新婦騒動を手引きしていたと白状するようなものだ。

「女共の嫉妬心を蜘蛛に変えていたのは貴様らの仕業か」

「まさか。そんな大層なこと出来ひんわ。うちは苦しんどるあん人らを放っておけへんかっただけや」

 しゃあしゃあと女は云ってのける。遊女達が人知れず抱える嫉妬心は遠からず蜘蛛へと変貌していただろうが、女は彼女らの負の感情を増長させる手引きを行った。その結果、二つの命が奪われた。赦されることではない。

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