蜘蛛の糸-惨

 長谷が営む貸座敷は一等地に位置しており、花街随一の高級貸座敷だと自慢げに語った。そういった場所とは縁遠い徹平ですら屋号に聞き覚えがあり、働く女性達も粒揃いと評判だ。徹平の全財産である端金では敷居を跨ぐことすら許されないだろう。

 女は身をもって夢を売り、男は金で夢を買う。そんな男と女の坩堝るつぼで不可解なことが起こり始めたのはふた月ほど前のこと。一人の遊女の死体が見つかった。座敷で一番の美女だったが、変わり果てた姿で路地裏に打ち捨てられていた。

「酷かったですよ。まるで獣に襲われたみたいで……でも、野山の獣が街に入り込むなんてことは考え難いんです。もしもそんなことがあれば、もっと甚大な被害が生まれていたでしょうから」

 惨状を思い出したのか、青い顔で長谷は云う。

 曰く、死体は糸で簀巻き状にされており、その上であちこちを喰い千切られていた。獰猛な獣に襲われたと仮定しても、野生の獣が獲物をわざわざ糸で巻く必要はないはずだ。蜘蛛のように糸を吐き、獲物を絡め取る生き物でない限りは。

 座敷で働く者達の間で、噂は瞬く間に拡まった。彼女を殺したのは絡新婦ではないか、と。

 絡新婦とは、人の生き血を啜るとも、美女に化けて男を誑かすとも伝わる蜘蛛の物怪である。男に捨てられた人間の女が蜘蛛に変じたという伝承も残っている。

 そんな折、新たな事件が起きた。常連客が同じ死に方をしたのだ。男は江戸から続く大店の跡取りで整った顔立ちの優男だが、婚約者がいるにも関わらず、複数の遊女達と結婚の口約束をしていた不届者だった。彼の死後、遊女達の証言から明らかとなった。

 男の死を受け、噂はますます盛んになった。女誑しの男は絡新婦の毒牙にかかったのだ、と。更には先に死んだ遊女は男と出来ていたが絡新婦の嫉妬により殺されただとか、死んだ遊女の怨念が絡新婦になって男を呪い殺した等、様々な憶測が飛び交った。

 人の口に戸は立てられない。店に出入りする客や商人達の口から街の外に噂が拡がるのは必然と言えた。

「このままでは烏が乗り込んでくるのは時間の問題です。どうかその前に絡新婦を退治してくださいませんか。謝礼は弾みますので」

 平身低頭、長谷は頼み込む。机どころか床に額を擦りつける勢いの彼を徹平は慌てて制した。

「あー、わかりました。わかったんで頭を上げてください。ちなみに、謝礼はどのくらいで……」

 声を潜めて耳打ちする。ゴローの冷ややかな視線が突き刺さるが気に留めない。長谷が告げた額は、溜まっている半年分の家賃を支払っても釣り銭が出る量だった。徹平は長谷の肉厚な手をしっかり握った。

「化け蜘蛛退治、引き受けましょう。我々にお任せください」

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