蜘蛛の糸-弍

「てっぺー、お客さん」

 出掛けていたゴローが、見知らぬ男を連れて徹平テッペイが営む〈稲生イノウ萬屋〉へと戻ってきた。ゴロー自ら連れてきたとなれば、物怪絡みの相談客だろう。恰幅のいい遣り手の商売人といった風貌だが、心労でもあるのか今はどこか草臥れて見える。

「お前なぁ……犬猫拾うみたく誰でも連れてくるんじゃねえよ」

「だって、力になると思って」

 項垂れて殊勝なことを云うゴローだがその実、彼は男の力に添うことを目的としている訳ではない。彼の力になることを目論んでいるのだ。

 幼気な少年は仮の姿。彼の本来の名は山本五郎左衛門。徹平の先祖である平太郎少年の勇気に感銘を受け、小槌を授けた魔王である。しかし家宝として代々受け継がれた小槌は今や行方不明となり、取り戻すまで徹平はゴローに逆らえずにいる。

「それで、えーと……」

 徹平の視線に気づいた男は頭を下げた。

「申し遅れました、私は長谷ハセ。花街にて貸座敷を営んでいる者です」

「花街って……お前、どこまで行ってたんだよ!」

 長谷の生業を耳にした徹平は目を剥いた。ゴロー少年は年端もいかぬ幼児のなりをしている。そんな彼が一人でふらふらと花街まで行ったことが知られれば、徹平が大家のハツ江夫人から大目玉を食らうことは必至である。

 全国にある花街は諸外国への体裁を調えるために明治五年に制定された芸娼妓解放令の打撃を食らい、最盛期だった江戸の頃より規模は落ち込んでいるが、遊女を抱える妓楼は貸座敷と名を変え今も営業している。これは貧しい女性達は体を売る以外の稼ぎ方を知らず、遊女の多くが路頭に迷ってしまったためである。貸座敷に関しては政府も黙認しているのが現状である。

 長谷はゆるりとかぶりを振った。

「いえ、彼とお会いしたのは街の外なので問題はありません」

「それならまあ、いいのか……で、ここに来たってことは、アンタも物怪のことで?」

「はい、恥ずかしながらどこにも相談できませんで……下手に騒ぎが大きくなってに嗅ぎつけられても困りますし」

 ふくよかな体躯を縮こまらせた長谷が云うとは特務陰陽寮〈八咫烏〉のことだ。旧時代の文化、主に物怪の類いを取り締まるための軍。そのやり方は横暴極まり、市政の人々の畏怖の対象となっていた。

「実は、うちの座敷に蜘蛛が度々出るのです」

 長谷は意を決した様子でそう切り出した。

「はあ…うちは萬屋を名乗っちゃいますが、害虫駆除はやってないんですよ」

 気がない返事で他を当たれ、と言外に仄めかす徹平だが、長谷はゆるゆると力なくかぶりを振った。

「普通の蜘蛛じゃありません。絡新婦じょろうぐも――化け蜘蛛が現れるんです」

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