『女郎が巣食う街』

蜘蛛の糸

 私は貴方をお慕いしております。私の全てを貴方に捧げても惜しくはないと、本心から考えております。そこに嘘偽りなどございません。

 なのに何故。貴方は私を裏切るのです。あんなにも愛を囁いてくださったではないですか。私を迎えに行くと、約束してくださったではないですか。何故。貴方は違う女と寄り添っているのです。

 何故。貴方は私を見て慄くのです。化け物と罵るのです。

 貴方は白い糸に絡め取られ、苦しそうに呻く。恐怖に震える瞳に映る私の姿は、八本の脚を蠢かせる蜘蛛そのもので。私の口から垂れた糸は貴方を幾重にも巻き取り、縛りつけている。

 ――嗚呼。貴方を想うあまり、私は疾うに人ではなくなってしまったのですね。貴方の瞳の中の私は哀しげに微笑んだ。


 × × ×


 私は疲弊していた。原因は解っている。早急に解決せねばならないことも。けれど、誰にも相談はできない。一人で抱え込むには、とっくに限界を迎えていた。

「ああ、一体どうしたら……」

 人目も憚らず頭を抱えて呻いていると。

「どうしたの?」

 舌っ足らずな声に面を上げる。いつの間に現れたのか、幼子が眼前に立っていた。青みがかった黒髪と、黄金色に輝く丸い双眸は夜空にぽかりと浮かぶ月を想起させる。

「ねえ、もののけのことで悩んでるんでしょ」

 私は瞠目した。何故、この子は私が抱える悩みを見事に言い当てたのか。それほどわかりやすく顔に出ていただろうか。

 だが、素直に頷くことはできない。こんな時代だ。どこに烏の目が光っているかわからない。密告でもされたら一巻の終わりだ。

 警戒を解かず口を噤む私に、幼子は言葉を続ける。

「あのね、もののけのことならてっぺーが相談に乗ってくれるよ」

 予想外の台詞が飛び出してきた。私は耳を疑った。今や物怪は旧時代の絵空事と云われ、与太話をすることすら厳しく取り締まられる時代だ。誰も彼もが話題にすることを避ける中、あえて相談を聞くような好事家がいるというのか。

「本当に……?」

 恐る恐る問いかける声は震えていた。答えず、幼子は柔らかな髪を靡かせながら身を翻した。

「ついてきて」

 それは地獄に垂らされた救いの糸か。私は紙縒りの如く細い希望を確かに掴んだ。

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