頼みの綱

 依頼を受けた徹平とゴロー少年は翌日、花街へと赴いた。

 揃って門を潜ろうとしたところ、問題が起きた。

「ちょっと待ちな、子供がこんなところに来ちゃダメでしょ! 早くお家に帰りなさい」

 何食わぬ顔で街に入ろうとしたゴローに目敏く気づいた門番に咎められたのだ。

「いや、俺達は……」

「アンタも子供連れて来るなんて何考えてるの。楽しむなら自分一人でいいでしょ」

 言い訳を試みたが聞き入れてもらえず、ゴローはすげなく門前払いされてしまった。

「子供の姿の方が油断を誘えるっつってたっけ? 残念だったな」

 普段の意趣返しとばかりに嫌味を云ってやる。幼子のなりの魔王は凍てついた視線で徹平を睥睨した。

「今すぐ大男に変じても構わんのだぞ」

「目立つからやめてくれ。それこそ烏がすっ飛んで来るだろうが」

 結局、調査は徹平一人で行い、ゴローは街の外で待機の運びとなった。

 目当ての貸座敷までの道中、徹平は客引きの盛大な歓迎に遭った。

「お兄さん格好いいね。どうだい、ちょいと寄っていきな」

「あたしのところへおいで。退屈させないよ」

 格子の隙間から白いかいなが無数に突き出てきては徹平の髪やら着物の袖やら裾やらを掴んでくる。引く手数多とはこのことだろう。まるでゴローの引き起こした怪奇現象のようだ。考えたところで魔王の憮然とした顔が脳裏に浮かび、慌てて思考を振り払った。

「ああ、稲生さん! ようこそおいでくださいました」

 もみくちゃにされながら目的地に辿り着くと、上機嫌の長谷が出迎えた。単身訪ねてきた徹平を見た長谷は首を傾げた。

「おや、ゴローさんは……」

「子供なので追い返されました」

「申し訳ない、門番に伝えておけば……」

「いや、俺も一人の方が気が楽なんで。調査は俺一人で行います」

「はあ、そう仰るなら……」

「早速ですが、まずは建物の中を検めさせてください。それから遊女を含めた従業員の方々に事情を伺いたい。なるべく事情に明るい人であれば良いのですが構いませんか?」

「ええ、一部の人間には話は通してあります。稲生さんのお好きなように調査していただいて構いません」

 長谷は自身の肉体通り、太っ腹な対応を見せた。

 主人直々の許可を得た徹平は建物の中を隅々まで歩き回る。高級貸座敷と謳うだけあって建物は立派だが、屋内の空気は淀んでいた。

「……どうしてあの子ばっかり」

 ふと、誰かの囁き声が耳に届き、徹平は足を止めた。現在地は廊下の突き当たり。周囲の部屋にも人の気配は感じられない。では、この声はどこから?

「狡い。憎い。あたしだってあの人のこと好きだったのに」

「あたしが一番だって云ってたのに、あれは嘘だったの? もう何も信じられない」

「あいつらを蹴落としてあたしが一番になってやるんだ」

 さざめく声は一つではなく、複数の女が思い思いに喋っているようだった。声の出処を探して視線を彷徨わせた徹平は片目を見開いた。天井板の隙間からわらわらと湧き出してくるもの。それは握り拳ほどの大きさの蜘蛛の群れだった。八本の足を動かし、こちらに迫ってくる。

「見て。ねえ、あたしだけを見てよ」

 口々に囁きながら近づいてくる蜘蛛は、人の頭を乗せた不格好な姿をしていた。それも一人ではなく、それぞれ違う女の顔をしている。徹平は持ち込んだ刀を鞘から抜くと、黙って一刀のもと斬り伏せた。斬られた蜘蛛の群れは霧散した。

「これが絡新婦だってのか……?」

 徹平は呆然と呟く。人面蜘蛛は顔に化粧を施し、髪を横兵庫に結い上げていた。絡新婦の正体は、嫉妬や愛憎に狂った遊女の成れの果てだとでもいうのか。

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