魔王来訪-惨

「物怪共の衰退はそれが理由か。人間は勝手な生き物だな。おかげで奴らの頭目であるわしの力も大いに削がれた。小槌を取り戻さねばならぬ程にな。全く、度し難いことだ」

 徹平の説明を聞いた山本は苦々しく吐き捨てた。

「間が悪いことに、神野の復活の兆しもある。わしの力が弱まったのをいいことに魔王の座を簒奪する腹積りだろう。それだけは阻止しなければならぬ」

 ふーん、と徹平は気がない素振りで目を細めた。実際、徹平には関係のない事柄だと感じていた。魔王同士の争いなど当人同士で勝手にやっていればいい。

「てか、そんなに大事なモノだったんなら簡単にあげなきゃよかったんじゃねえの?」

 山本は徹平をジロリと睥睨する。

「たわけ。わしは物怪を統べる魔王として仁義は通す主義なのだ。貴様のような人間とは違ってな」

「しつこいなぁ。失くしたのは俺じゃねーって……」

「まあよい。失ったのであれば取り返すまでよ。それまで徹平、貴様にはわしの下僕てあしとなって貰うぞ」

 高圧的かつ一方的な宣言に、徹平は慌てて待ったをかける。

「ちょっと待て、俺は関係ねえだろ!?」

「関係ないとは云わせぬ。貴様の父親も貴様も同罪だ。このわしの宝を失くしたのだ、罰を与えぬだけ寛大だろうよ。違うか?」

 答えず、不服そうな顔で口を引き結ぶ徹平を、魔王は凍てつく氷の目で見た。

「断るのであれば、対価として貴様の目玉を貰っていくまで」

 耳なし芳一の話を思い出した徹平は、慌てて前髪に覆われた右目を隠した。

「魔王のくせに姑息な脅しするのかよ」

「殺さないだけ温情を掛けてやっているのだ、有り難く思え」

「冗談だろ……」

 徹平は愕然と項垂れた。魔王の下僕にされる、これのどこが温情だと言うのだろう?

「しかし、ふむ……この姿では些か時代遅れか。どれ、現代に馴染むとしよう」

 言うや否や、山本の姿が煙に包まれた。煙が晴れると、そこには先の厳つい武士ではなく、愛らしい子供が立っていた。青みがかった黒髪と爛々と輝く金の両目。白の開襟シャツに膝丈のズボンという洋風な出で立ちは、英国辺りの貴族の子供にも見える。

「どうだ?」

 少年はくるりと一回転して見せた。回転に合わせて柔らかな癖毛がふわりと揺れる。

「いや、むしろ浮いてるっつーか……何で子供?」

わらべの姿の方が、人間も物怪も油断するというものよ」

 金の瞳を三日月型に歪め、意地悪く笑う魔王。あ、コイツ性格悪いな、と徹平の勘は告げていた。

 それからの山本の行動は早かった。子供の姿で外に飛び出すと、まずはハツ江夫人をうまいこと言い包めて居場所を確保。山本五郎左衛門改めゴロー少年は、徹平が預かっている「異国の血を引く遠い親戚の子供」として認知された。

 そして日中家に篭りがちな徹平とは対照的に、よく外に出掛けた。本人曰く「今の人の世を知るため」らしい。尤もらしいことを述べつつ、カフェーに顔を出してはアイスクリンなどの甘味もしっかりと満喫していた。

 また、ゴローはいつの間にか徹平の棲家に萬屋の看板を掛けていた。表向きは雑用をこなす何でも屋。然してその実態は、物怪専門の相談窓口。物怪に纏わる相談に乗れば小槌を取り戻す一助となる、とゴローは断言した。

 かくして、徹平はゴローの下僕てあしとして馬車馬の如く扱き使われることとなった。徹平の安穏な日々は脆くも儚く崩れ去ったのだった。

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