魔王来訪-弍

「小僧、今は何年だ? あれから幾年いくとせ経った」

「先帝が崩御されてから十年は経ったかな。俺も詳しくねーけど、アンタとご先祖サマが会ってから軽く百年は経ってるんじゃねえの? ご先祖サマが生きてた頃から、帝もだいぶ代替わりしてる」

 世は大正と元号が変わって十余年ほど。開国により取り入れられた外国の文化は人々の生活を大きく変えた。整備された道には人工の明かりが灯り、西洋風の建物が建ち並ぶ。着物を脱ぎ洋服を着た男性達は髷を落とし、ざんぎり頭で杖代わりの蝙蝠傘を持ち歩き街を闊歩する。山本のような格好の人間はもういないだろう。

「そうか……そういうモノか。人の一生は儚いものよな」

 呟いた山本の声には、仄かに感傷が滲んでいた。魔王にも人並みの感情があるのか、と徹平は余計なことを考えた。

「で、その魔王様が俺に何の用? さっき言った通り、ご先祖サマならもういないぜ」

 だからさっさと帰ってくれと言わんばかりの徹平に、山本は「うむ」と居直った。用件はこれかららしい。

「平太郎に預けた小槌を回収しに参った。貴様、徹平と言ったか? 子孫なら小槌も受け継いでいよう、わしに寄越せ」

「あー……それなんだけど」

 語尾を濁し、ごにょごにょと言い淀む。視線はあらぬ方向を彷徨い、決して合わせようとしない。徹平の不審な態度に、山本は最悪の事態を察したようだ。じろりと徹平を睨み、凄む。

「おい……まさか貴様」

 言い逃れできない圧に、徹平は肩を縮こまらせながら、消え入る声でボソボソと告白した。

「えーと、どっかいきました……」

「貴様は莫迦バカか莫迦か貴様は!」

 案の定、山本は激昂した。顔を真っ赤に徹平を怒鳴りつける。反論を試みた徹平はつられて声を荒げた。

「俺じゃねえよ、どっかにやったのは親父だってえの!」

 そもそも、徹平の実父は幼い頃に他界しており、他に身寄りのない彼は血の繋がりのない人物に引き取られて育てられた。その過程で小槌は紛失してしまっていた。家庭の事情まで説明してやる義理もないので黙っていたが。

「同じことだろう、この大莫迦者めが! 全く信じられん奴らだ」

 散々罵倒され、徹平は臍を曲げた。唇を尖らせ、開き直る。

「だいたい、何で今更小槌なんて回収しに来るんだよ。ご先祖サマにあげたんじゃねえの?」

「……やむを得ぬ事情があるのだ」

 渋い顔で呻くように言う山本。彼としてもあまり乗り気ではないようだ。

「わしの話は知っているな?」

「まあ、大体は」

 徹平は頷く。魔王の座を賭け、神野ジンノ悪五郎アクゴロウと山本は勇気ある少年を百人脅かす内容の勝負をしていた。その八十六人目に選ばれたのが、ちょうど度胸試しに百物語に興じていた徹平の祖先・平太郎であった。しかし平太郎はひと月に及ぶ怪現象を豪胆な精神で見事やり過ごし、山本の感心を買う。山本は平太郎少年の勇気を讃え、神野に襲われた際に打ち鳴らせと小槌を授けると、百鬼夜行を引き連れ消え去ったという――

「あの小槌にはわしの力が込められている。あれから神野との争いに勝利したわしは魔王として物怪共を総べていたが、近頃物怪の力が弱まってきた。心当たりはあるな?」

「あー、まあ」

 国を開き、文明開化を推し進めた政府は、明治以前の旧時代のモノを徹底的に廃した。道という道に街灯が灯る今、物怪が潜む暗闇は見当たらない。畏れる者がいなければ、物怪は力を失う一方だ。人々が豊かになる傍ら、物怪は影へと追いやられていった。

 追い打ちをかけるように、数年前には物怪に関するあらゆる物事を取り締まる軍まで設立されていた。術を扱う陰陽師から成る彼らは物怪のみならず物怪に関係する物――物怪が記された書籍であったり、人の口に上った他愛ない噂すら取り締まりの対象とし、手段を選ばずに任務を遂行することから人々の新たな恐怖の対象となった。海を挟んだ大国との戦に二度勝利し軍部が力を持った今、彼らの横暴に誰も逆らえないのだ。

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