頼みの綱-惨
「事件の他に何か変わったことは?」
これ以上の情報は望めないと判断し、聞き取りを切り上げるべく適当な話題を振る。若葉は首を横に振った。
「特には。こういう街だからね、変化なんてないに等しいよ。ああ、でも……事件が起きる少し前に
「浄蓮?」
ここで働いていた遊女だろうか。どこかの寺の住職のような名前だ。
「ここの古株で、揚羽と同じくらい別嬪だった遊女だよ。ふた月半くらい前かな、とうとう姐さんを買う人が現れたのよ」
「へえ……」
遊女を身請けするには多額の金が必要となる。買い手は相当な金持ちなのだろう。年中素寒貧な徹平とは無縁の世界だ。
「厳しい人だったよ。姐さんのせいで足抜けした子達がどれ程いたか。でも、厳しいのはそれだけ皆を思い遣ってたからだろうね。ここもすっかり寂しくなったもんだよ」
浄蓮が身請けされたふた月半前といえば、揚羽が殺害されるより少し前。騒動との因果関係はあるのだろうか。徹平が思考を巡らせていると、黙って茶汲みをしていた瀧が徐に口を開いた。
「身請けなんかじゃない。姐さんは外に引き摺り出されて殺されたんだ」
「こら、瀧!」
一喝して瀧を黙らせた若葉は憐れみを込めた視線を向けた。
「この子はね、さっき言ってた浄蓮姐さんの
禿とは高位の遊女に付き従う童女のことだ。花魁の傍らで作法を学んだ禿はやがて一人前の遊女として客を取るようになる。禿の名の通り髪を肩口で切り揃えた瀧は、今は見習いの段階だろう。
「嘘じゃないよ、姐さんがいなくなったからこんなことになってるんだ」
瀧は注意されても頑なに主張を曲げない。先ほど口を突かんとしていたのも同じ意見だろうか。彼女の言を信ずるならば、騒動の原因は浄蓮の身請けにある。浄蓮のことも詳しく知っておくべきだ、と判断した。
「その浄蓮さんのことは誰が買っていったんだ? 死んだ若旦那か?」
「違う違う、軍人さんだったよ。何て言ったかなあ、真っ黒の服着てる……」
「――八咫烏」
徹平の顔が強張る。烏の気配はここにもあった。となると瀧の云う通り、浄蓮はただ身請けされたのではないだろう。八咫烏に目をつけられた以上、恐らくは――
その時だ。女の悲鳴が轟いた。続けて男の叫び声。
「火事だ! 逃げろーっ」
三人は弾かれたように立ち上がった。窓から外を見下ろした徹平は息を呑んで立ち尽くした。
街が燃えている。
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