火焔の包囲網

「これは……」

 木が焼け焦げる臭いが鼻をつく。ごうごうと唸りながら火が燃え盛る様は、巨大な怪物が赤い舌で街を舐っているようだった。

「二人は早く逃げろ! 俺は消火を手伝う」

 肩を抱き合う若葉と瀧に言いつけ、徹平は座敷を飛び出した。手近な水源を探して彷徨わせた視界に、目を疑う光景が飛び込んできた。

 悲鳴を上げて建物から出てくる遊女達を、黒い軍服姿の男達が無慈悲に斬り捨てる。八咫烏だ。烏の群れは建物に火を放ち、火事に気づいて逃げ出した遊女に狙いを定めているようだった。先に聞いた女の悲鳴は火災への恐怖から発せられたものだけではないだろう。

「お前ら、何してるんだ!」

 徹平は刀を抜くと、女に群がる烏を次々と打ち倒していった。彼らが蛮行に及ぶ理由は不明だが、近くに群れを率いる親玉がいることは確実だ。それを探し出し、止めさせなければ。

「――ッ」

 殺気が全身に突き刺さる。殺意の込められた斬撃を振り向きざまに躱す。

「貴様……何故ここにいる」

九朗クロウ……」

 細身の片手剣を手に、全身に怒りを滲ませた九朗が立っていた。八咫烏の副隊長。現隊長を信奉し、隊を抜けた徹平を敵視する男。

「お前が烏の親玉か。いや、それよりも今すぐ殺戮をやめさせろ。いくらなんでもやりすぎだ」

「隊を抜けた貴様の命令を聞く由はない。害虫駆除の邪魔をするな」

「害虫駆除だと……? どういう意味だ」

「貴様、何も知らずにここにいるのか? いい身分だな」訝る徹平を、九朗は鼻で笑った。「疑わしきは罰する。物怪だけじゃ飽き足らず、物怪を生み出す者までも討伐するのが先代隊長の遣り口だろう? 忘れたとは云わせん」

 痛いところを突かれ、徹平は口を噤む。

 その時だ。徹平の影から飛び出した小柄な影が九朗に飛びついた。

「姐さんの仇――!」

 短刀を手にした瀧だった。九朗は咄嗟に彼女を払い除ける。徹平は姿勢を崩した瀧の肩を支えた。

「莫迦、何やってるんだ! 危ないだろ!」

「あいつ……あいつが浄蓮姐さんを買ったんだ!」

「何!?」

 喚く瀧を見た九朗は得心した様子で呟いた。

「浄蓮……ああ、あの蜘蛛か」

「蜘蛛だって?」

 花街を騒がす絡新婦の正体は浄蓮だったのか。しかし、絡新婦が現れ始めたのは彼女が貸座敷から出た後ではなかったか。そして、瀧の言い分を信じると彼女は既に此岸の人ではない。では、今現れている絡新婦とは一体……?

「退がれ娘、俺は子供を殺す趣味はない」

 九朗の意識が瀧に向いた刹那の隙に、徹平は目についたランプを炎の中に投げ込んだ。燃料を投下され、ごうと派手な火柱が上がる。眉を顰めた九朗は剣で火柱を両断する。

「ちっ……」

 九朗は舌打ちした。炎が掻き消えたそこに、徹平と瀧の姿はなかった。

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