二十章 二人で一人だったから

 リックが前につるんでいた貴族達との間で決着をつけ、フレアが王女と呼ばれたくない理由を知った日から二日が経った頃、リリアーナの姿は噴水の前にあった。


「はぁ……平和な日々に感謝を。悪役を演じていた頃が嘘みたいだわ」


「あ、リリアさん発見」


「作戦を決行する」


穏やかな秋の風に吹かれながら大きな独り言を呟いていると、男女の声が聞こえ彼女の背後へと重みが増す。


「きゃあ……ルーティーさんにマノンさん。また、ですの?」


「ふふ。リリアさんびっくりしましたか」


「こんな所でぼんやりしているからだよ」


突っ込んできた双子に抱きつかれ驚く。ルーティーとマノンは悪びれる様子もなく笑った。


「本当に二人はいつもいつも仲良しですわね」


「え、えぇ……そうですね。私とマノンは幼いころからずっと仲良しでしたから」


「……まぁ、生まれた時からずっと一緒だったからね」


「?」


いつも一緒にいる二人の様子に本当に仲良しだなと思ってリリアーナは言うと、それに歯切れの悪い答えが返ってきて不思議に思い首をかしげる。


「ルーティー。リリアには話してあげてもいいんじゃないの」


「うん。マノン悪いんだけど……」


「あぁ。また後で」


マノンの言葉にルーティーが困った顔で目配せすると、それに返事をして彼はどこかへと立ち去っていった。


「……リリアさんは大切なお友達ですのでお話します。私とマノンはベステリア家の長男と長女として生まれてきました。ですが、私とマノンって得意な事って正反対ですよね。私は勉強が得意でスポーツが苦手、逆にマノンは勉強が苦手でスポーツが得意。それには理由があるんです。私昔体が弱くてそれでずっと家の中で過ごしていました。ですから本ばかり読んでいたんです。体の弱い私では家を継ぐのは無理だと判断されて、マノンは物心ついたころから家を継ぐための教育を受けて育ちました」


伏し目がちになり語り始めたルーティーの言葉に彼女は黙って聞き入る。


「それでマノンは勉強ばかりの毎日に嫌気がさして家を抜け出しては外で遊び歩くようになり、喧嘩も絶えなくて……ベステリア家の名に泥を塗る気かって両親によく怒られていたんです。そしてマノンが何かやる度に私が周りの人達に酷い目に遭ってきたんです。私は体が弱いからどうせすぐに死ぬ。だから家を継ぐマノンには頭を下げて媚び諂いながら、彼にはできない酷い仕打ちを私が受けてきたんです。……マノンが変わったのはそのことを知ってからでした」


「そんな、ルーティーがそんな酷い仕打ちを受けて育ってきていただなんて……許せないわ」


彼女の過去を思うと素が出ていることにも気付かずに、悲しみと怒りが沸き上がってきてリリアーナは体を震わせた。


「そうですね。マノンもそう言ってました。それで私に酷い仕打ちをしてきた人達に暴力をふるったんです。私は泣いて止めました。そんなことしたらダメだって。マノンは何か言いたそうな顔で私を見てきて……そして、『これからはぼくが側で守ってやる。またこんな仕打ちを受ける事の無いようにずっと側にいる。ぼく達は死ぬまで一緒だ』って言ってくれたんです。マノンってぶっきらぼうに見えてちゃんと私の事を想ってくれていたんですね。それからです。私達が仲良くなったのは……でも。あの時の約束のせいで、自分の生きたい道とは違う道を選んでいるのではないかと今はとても心配なんです。私に気を使っているのではないかって……それで、リリアさんにお願いがあります。マノンに自分の道を歩んでいいんだよって伝えてもらいたいんです」


「分かったわ。ルーティーさんの気持ちを私が代わりに伝えてみますわ」


「有り難う御座います」


語り切ったルーティーの言葉にリリアーナは力強く返事をするとそれに彼女が嬉しそうに微笑む。そうしているとマノンがやって来た。


「話終わったの」


「えぇ。私は終わったわ。次はマノンの番ね」


彼の言葉にルーティーが答えると頑張ってねと言わんばかりにマノンの肩を叩き立ち去る。


「……」


「……」


一体どんな話が飛び出してくるのだろうと思っていると、彼が小さく溜息を吐き出し口を開いた。


「……ルーティーからある程度は聞いたと思う。ぼくがどれだけ横暴で悪いことをしてきたのか……昔は嫌だった。ルーティーが体が弱く生まれてきたことは何の罪もないのに、家を継ぐことのできない長女は長女とも呼べないと陰口をたたく連中も、ルーティーとぼくを比べる奴等も。勉強が嫌になった訳じゃない。そんな心無い連中の陰口を聞くのに嫌気がさしたから家を飛び出した。そしてイライラする気持ちを吐き出すために喧嘩に明け暮れた。そのせいでルーティーが周りの連中に酷い仕打ちを受けているなんて知らずに、毎日毎日喧嘩に明け暮れていた」


自責の念に駆られながら語り始めたマノンの言葉をリリアーナ黙って聞く。


「そしてある日ルーティーの身体に痣が出来ていることに気付いて、それでこっそり隠れて見ていたら、家を継ぐぼくへはうわべだけの笑顔で媚び諂っていた連中が、ルーティーを殴ったり蹴ったりしていることを知ったんだ。怒りに身が震えたね。あいつら全員殺してやりたいと思う程に……それでぼくはそいつらを殴ってやった。ルーティーが受けてきた分全部返すぐらいの気持ちで……途中でルーティーが泣いて止めるからやめてやったけど、そうじゃなかったらあいつ等の事完膚なきまでに叩きのめしていたかもしれないね」


「マノン……」


当時の怒りを思い出したのか険しい顔で語る彼の姿に彼女はかける言葉が見つからず押し黙る。


「それからさ、もう二度とルーティーがこんな目に合わないように、ぼくが側でずっと見守っていこうって思ったのは。その日からだよ。ぼく達が本当に仲良くなったのは。ルーティーの事をちゃんと見てあげれていなかった。だからぼくはルーティーを守るためにずっと側にいる道を選んだんだ。だけど……ルーティーがそのせいで自分のせいだって思って悩んでいるんじゃないかっていつも考えている。自分のせいで僕の未来を台無しにしたんじゃないかって思っているんじゃないかって……」


「マノンさん……ルーティーさんがね心配していたわ。自分のせいで道を選べないでいるんじゃないかって……でも」


「マノン、話終わった?」


マノンの話にリリアーナは途中まで言うと言葉を止めてふっと微笑む。ちょうどそこにルーティーもやって来る。


「やっぱりあなた達は二人で一人なのね。お互いが大切な存在だから同じことで悩んで同じことを言って……とっても素敵な関係だと思いますわ。自分の道を歩むかどうかはあなた達二人で考えて進んでいけばいいのではないかしら」


「「二人で……」」


彼女の言葉に双子は同時に呟きお互いの顔を見やった。


「えぇ。二人で考えて行けばいいのですわ」


「ふふ。そうですね。リリアさん有難うございます」


「まぁ。言われてみればそうかもね」


にこりと笑い言い切ったリリアーナへとルーティーとマノンも微笑み答える。


双子の悩みを聞けて良かったと思う一時であった。

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