十九章 触れる過去

 アルベルトとメラルーシィとの関係を聞き、ルシフェルが女性が苦手になった理由を知った翌日。リリアーナは裏庭を散策していた。


「はぁ……本当にこの学園って敷地面積が広すぎる。……裏庭を端から端まで歩くのに休憩時間が終わっちゃいそうだよ」


「あれ、リリアだ。こんな所で何しているの?」


立ち止まり溜息を吐き出した途端、頭上から声が聞こえてそちらを見上げると、木の根に座り込みにこりと笑うリックの姿があり驚く。


「リックさん。そんな所で何をなさってますの」


「見ての通り昼寝だよ。よっと……」


彼女の問いかけに答えると勢いよく飛び降り綺麗に着地する。


「授業をまたさぼっておりましたの?」


「違う違う。ちゃんと授業には参加しているよ。だけど、今まで喧嘩に明け暮れていたでしょ。それで色んな奴等に目を付けられちゃっててね。急に僕が真面目になったものだから面白く感じていない輩がいてね。そいつ等の格好の餌食って訳。それで見つからないように木の上に隠れて昼寝するのが日課になったの」


リリアーナの言葉に首を振って小さく笑うと説明した。


「……僕の家は代々続く有名な企業の名家でね。昔からその看板を背負わされて生きてきた。フリード家に恥じぬ生き方をってさ。でもどうせ家を継ぐのは僕の兄だ。昔から比べられて生きてきた。兄にできてどうして僕にはできないんだってね。そうして周囲の重圧に耐えられなくなって反旗を起こしたのさ。正直に言うとバカバカしくなった。自分の人生このままでいいのかって考えた時、ただ親や周りの言いなりになる兄のようにはなりたくないって。それで、喧嘩もするし可愛い女の子にナンパもする。何時しか僕は問題児と呼ばれるようになっていた。それでもかまわないってずっと思っていた。親を困らせたくてやっていただだの子どもだったんだよ」


「……」


急に真面目な顔で自分の事を語り始めたリックの話を彼女は黙って聞く。


「だけど、リリアに出会ってようやく目が覚めた。このままではだめなんだって。自分が気になる事興味を持てることに全力で向き合い生きて行こうって気持ちになれた。真面目に生きて行こうって思えるようになったのは君のおかげなんだ。前に言いかけていえなかった言葉覚えてる?」


「前に……」


(何か言われたっけ?)


彼の言葉に思考を巡らせ考えると渡り廊下での出来事を思い出す。


「あの渡り廊下での時の事ですか」


「そう。あの時どうして君の両親の話が出るのかって聞かれた時の答え、今伝えてもいいかな」


思い出した言葉を伝えるとリックが真剣な表情で意志のこもった瞳をリリアーナへと向ける。


「は、はい」


(ものすごく真剣な眼差し……いったいリックは何が言いたいの)


彼の真剣さに身構えると唾を飲み込みその瞳を見詰め返した。


「リリア、僕は……君の事が好きだ。他の誰にも渡したくないって思えるほどに。だからちゃんと授業にも出るし、恥じない生き方をしていくって宣言する。僕が真っ当な生き方が出来るようになったら僕と――」


「リックさん?」


急に黙り込んでどうしたのだろうと思い見詰めると鋭い眼差しに変わった彼が後方を見ていることに気付く。


「よう、リック。こんな所に隠れていやがったとわな」


「また女にナンパか? くくっ。相変わらずだな」


「待て、彼女に危害を加えることは許さない。勝負ならちゃんと受けてやるから……リリア、ごめん。僕なりに決着をつけてくるから。この話の続きはまた今度ね」


背後からガラの悪そうな男子学生達がやって来る。親のすねかじりの貴族の子達であることはすぐに分かった。


リリアーナを品定めするように見つめる彼等へとリックがきつい言葉を投げかけた後、彼女に小さく謝り男子学生達と共にこの場を立ち去る。


(今の方達は横暴で有名な家の子達ですわね)


「リックあんな人達に目を付けられているのね。大丈夫かしら?」


心の中からもう一人の自分の声が聞こえてくると、リリアーナは心配そうに彼等が立ち去った方角を見詰めた。


(まぁ、リックさんなりに決着をつけるとおっしゃっていましたし大丈夫ではありませんこと)


「そうね。リックなら大丈夫よね」


リリアの言葉に彼女もふっと微笑むとリックを信じようという感じで納得する。


それから時間は経過していき放課後、いつものようにメラルーシィと読書会をして寮へと帰ろうとしていた時、フレアがやって来るのが見えて立ち止まった。


「あ、リリア。丁度良かった。貴女に話があったのよ」


「話ですか?」


王女も彼女に気付きにこりと笑い近寄ってくる。


「そんなに時間はとらせないから、ちょっとこっちに来て」


「は、はい……」


右手をひいて連れて行かれながら一体どんな話が飛び出してくるのだろうと考えてみるも何も思い浮かばず疑問符を浮かべた。


「……わたしね、ケイデェル王室の第一王女として生まれてきたでしょ。だから常に王女としての立ち振る舞いを求められて、息の詰まる毎日だったの。そんな時お城で行われたパーティーの席でメルとアルベルトと出会って、わたしの気まぐれに付き合ってもらった。少しの間でいいから王女ではない何者でもない「フレア」として生きてみたかったの。そうしたら思ってた以上に楽しくて、それで王女っていう肩書が邪魔に思えた。だからこの学園に通っている間は「王女様」って呼ばれたくなくて、皆と同じように扱ってもらいたくて。でも、先生達も周りの生徒達もやっぱり王家の人に礼をかくことはできないとかて頭の固い考えばかりで、そんな中でわたしを「わたし」として見てくれていたのはメルとアルベルトだけだった」


語り始めたフレアの言葉にリリアーナは王女として生まれてきた彼女の悩みに触れて驚く。


「何処に行っても王女としての肩書が外れない。だから王女って呼ばれることに嫌気がさしたの。リリアも初めて会った時わたしの事を「王女様」って呼んだでしょ。それで頭に来ちゃって怒鳴ったと思う。だけど、その後のリリアはずっとわたしの事を「王女様」としてでなく「フレア」として見てくれていたでしょ。わたし、それが嬉しくてようやくわたしの事を見てくれる人が現れたって。だから、リリアはわたしにとって特別な人なのよ。貴女がいたから周りの人達も今は王女としてではなく「フレア」として見てくれるようになったの」


「そんな……そんなこと御座いませんわ。ルシフェルさん達も生徒会の皆様も初めからフレア様の事を特別扱いなんかなさっておりませんでしたわ」


にこりと笑い言われた言葉に彼女は違うといって首を振る。


「リリアがそう思ってるならそれでもいいわ。兎に角、これからも王女としてではなく一人の女の子として貴女の側にいさせてね」


「ええ、勿論ですわ。フレア様は私にとって大切なお友達ですもの」


フレアの言葉にリリアーナは微笑み言い切った。


「……うん。そうね。大切なお友達以上になれるまでにはまだまだ時間がかかりそうだわ」


「え、何かおっしゃいましたか?」


「ふふ、何でもない。とにかくこれからもよろしく」


王女の言葉がよく聞き取れなくて不思議そうにする彼女にフレアが笑ってごまかす。


こうしてフレアの悩みを聞けて少しだけ距離が縮んだ午後の一時であった。

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