十八章 想いを隠して
メラルーシィから家族についての話を聞いて、エルシアの長年抱え込んでいた悩みを打ち明けられた翌日。リリアーナの姿は森の近くにあった。
「今日は天気もいいし、森林浴しながら休憩時間を満喫するわよ。って、いうより私あんまりこの学園内のこと詳しくないから散歩しながら覚えて行こうと思っただけなんだけど」
大きな声で独り言を話しながら前にメラルーシィからお弁当を貰った森へと向かう。
「あれ、あそこにいるのってアルベルト」
「はぁ……やっぱりこのままじゃ駄目だよな。メルの事もちゃんと考えてやらないと」
「アルベルトさん、ご機嫌よ。このような所で何をなさっておりますの」
木立の間に立っているアルベルトの背中を見つけそちらへと近寄ると声をかけた。
「おわっと……っ。リリアか。こんなところまで何しに来たんだ」
「天気が良いので散歩をしておりましたの。アルベルトさんはこのような所で何をなさっていますの」
盛大に驚いた彼が振り返り彼女の顔を見ると微笑み尋ねる。それにリリアーナは答えた。
「俺はまぁ、一人でゆっくり考え事をまとめたいと思ってな」
「何かお悩みなのですか」
アルベルトの言葉に彼女は不思議そうに首をかしげる。
「まぁ、個人的な悩みだから気にするな。……リリアはメルが婚約者だって事は知ってるだろう」
「えぇ。学校を卒業なさったらご結婚なさるのですわよね」
頭を押さえて苦笑すると少しの間の後彼がまじめな顔で口を開く。それにリリアーナは勿論だといわんばかりに頷いた。
「リリアには話したことなかったなっと思って。俺がどうしてメルと出会い、婚約者になったのかって事」
「そうですわね。お伺いしたこともありませんでしたわ」
(ゲーム開始時からそう言う設定だったから気にした事もなかったものね)
アルベルトの言葉に返事をしながら内心で同時に声を発する。
「俺とメルは王家が開催したパーティーの席で出会ったんだ。まぁ、その時は年が近い子供が俺達だけしかいなくって、それで自然と一緒に遊んでいたんだよ。そうしたらフレア王女が王女であることを隠して俺達の前に現れてな。一緒に冒険したんだ。城の中を冒険だなんて今考えたら見つかったら怒られるようなことしていたなって笑い話になるが、あの頃の俺達は子供だったからそんなこと気にせずにあっちこっち冒険してよ、それで仲良くなった。後に皆見つかって親に叱られた。フレア王女が間に入ってくれなかったら俺もメルもただでは済まなかっただろうな。……それが出会い。それからメルの家が王家に代々使える王国騎士の家系だって知った。そして俺は王家と親しい間柄の貴族の家の子。どう考えたって婚約者に選ばれるような話じゃないだろう。だけど、俺の親は変わり者でな。そしてメルの父親も娘の幸せを考えたんだろう。それで、婚約者として選ばれた。まぁ、つまり幼少の頃からの幼馴染同士よくある話ってやつだ」
「そうでしたの。それで婚約者同士になったのですわね」
(そんな面白エピソードがあったとは。というよりアルベルトの両親って変わり者なんだ。新たな発見ね)
つらつらと語る彼の言葉にリリアーナは相槌を打ちながら内心で知らなかったことを聞けれて嬉しいといわんばかりに呟く。
「俺も今までは特に何も疑問に思わず、この学園を卒業したらメルと結婚するんだとばかり思っていた。だが……」
「?」
急に困った顔で黙り込んでしまった様子に如何したのだろうと見詰めていると彼がふっと微笑む。
「メル以外に素敵な女性と出会って心が揺らいでいる。そしてメルもきっと同じなんだろう。お互い口に出して話はしないが、同じことを思っているはずだ。あいつの人生はあいつが決める事だ。だから俺の人生も俺自身で決めようと思う。今、そう決めた。話を聞いてくれてありがとうな」
「いいえ。それよりもメルさん以外に好きになった方がいらしゃるのですか?」
アルベルトがにこりと笑いお礼を述べる。それに返しながら彼女は尋ねた。
(アルベルトがメル以外に好きになった人がいるってまさか……)
「最初は大っ嫌いだったんだがな。だけどずっと見ていたら目が離せない幼馴染と同じに思えてきて、そうして気付いたんだ。何時しか俺は彼女の事を……好きになっていたって。それが友愛なのか恋愛なのか聞かれても今はまだ答えてやらないから聞いても無駄だぞ。ただ、メルとの関係をきちんとしてから話したいんだ」
内心で呟いていると再び口を開いた彼が話す。
「分かりましたわ。また、お話して頂ける時まで待っています」
(フレアが好きになったのがまさかのアルベルトで、アルベルトが好きになったのがフレアならばこれってメルを挟んだ三角関係って感じなんじゃない。これはこれで熱い展開ね)
にこりと笑いリリアーナは答えると、まったく見当違いな勘違いを導きだした。
「あぁ。そう遠くないうちにちゃんとまとめておくから、待っていてくれ。それじゃあまたな」
アルベルトも気持ちが整理出来た様子でスッキリした顔をすると手を振って立ち去る。
「散歩は出来なかったけれど、アルベルトとメルとフレアの三角関係を知れたからよしとしましょう。でも、メルも誰か別の人の事が好きになったみたいな言い方だったわね。という事は攻略対象者のうちの誰かと恋愛イベントが発生しているって事かしら」
(頭の中がお花畑で羨ましいですわ……)
リリアーナの言葉に内心から呆れた声が聞こえてきた。そんなもう一人の自分の皮肉も今の彼女には届いていない様子で新たな展開ににやにやと笑っている。
「ふふふ。これからどんな展開が待っているのか楽しみだわ」
そう呟き授業が始まる前にと教室のある棟へと戻って行った。
それから時間は経過してお昼休憩となり皆でお弁当を食べた後、リリアーナは屋上へと向かう。
「うぅ……食べ過ぎた。調子に乗って皆がくれる物を一杯食べるんじゃなかった」
(自業自得ですわね……て、あら、何方かおりますわよ)
腹八分目以上食べてしまいお腹が苦しくなった様子で、誰もいない場所でのんびりしようと思い屋上へと向かっていたのだが、そこにはすでに先客の姿があった。
「あれはルシフェル。ヴァイオリンの練習でもしているのかしら」
「…………」
屋上に佇みヴァイオリンを奏でる彼の姿にリリアーナはそっと近寄っていく。
「…………」
(はぁ……ルシフェルのヴァイオリンの演奏を生で聞けるなんて、やっぱり幸せ……)
彼女が近寄ってきたことにも気付かずに一心不乱に演奏を続ける。そんなルシフェルの奏でるヴァイオリンの音を聞きながらリリアーナはゲームのファンとして嬉しいと感激していた。
「……ふぅ」
一曲奏で終えた彼が小さく息を吐き出した途端。彼女は盛大に拍手を送る。
「っ……リリアか。何時からそこに」
「少し前にここに、そうしたらヴァイオリンの音が聞こえましたので」
ようやくリリアーナの存在に気付いた彼が尋ねた言葉に彼女は答えた。
「そ、そうか。まさか聞かれていたとはな。……あんな乱れた音を聞かせてしまいすまない」
「乱れているだなんてそんな。とても素晴らしい演奏だったわよ」
焦った様子で申し訳ないと語るルシフェルにリリアーナはそんなことはないと話す。
「いや、そんなことはない。おれの気持ちが定まっていないまま奏でたのだからな……」
「え?」
それに頭を振って答える彼へと彼女は不思議そうな顔で目を丸めた。
「……リリアはおれが女が苦手な事は知っているな。女……というよりも令嬢と言った方が正しいか」
「えぇ。知っているわよ。でもどうしてなのかまでは知らないわ」
(ファンブックにもそこまでの情報は書かれていなかったものね)
話題を変えてきたルシフェルへとリリアーナは答える。と同時に内心で呟いた。
「俺の家が有名な名家である事は知っているだろう。そうしてそんな地位や名誉や名声にお金が目当てな女達から幼いころから言い寄られていたんだ。それで、そんな地位や名声やお金にしか興味を示さない令嬢達が嫌いになった。そんな連中と付き合ったり結婚するくらいならまだ何も知らない町娘と付き合ったほうがマシだと思うくらいに」
「それでメルとはすぐに打ち解けて仲良くなれたのね。あれ、でも私はどうして?」
語り出した彼の言葉に彼女は納得するもそれなら自分はどうしてなのかと尋ねる。
「お前は…………そういったものに興味がなさそうだからな。それに前にも言った通り妹みたいに思っているからだ」
(今の微妙な間は何?)
ルシフェルが彼女を見詰め数分黙り込むとそう答えた。それに彼女は違和感を覚えたがすぐに意識を切り替える。
「まぁ、お金は兎も角確かに地位や名声とかは興味ないわね」
「そう言えばリリアの父親はエルシアの父親に借金の肩代りをしてもらったんだったな」
リリアーナの言葉に彼が思い出した様子で話す。
「ええ、そうよ。だから私は大人になったらお金に困らないように働いてお金を貯めて貯めて貯めまくって、借金を利子を付けて返せるくらいお金持ちになってやるんですわ」
「今まで出会った連中は皆、努力をする事なく遊んで暮らしたいからと、財産が目当てな女ばかりだったのに……やはりお前は変わっているな」
力拳を作り語り切った彼女の顔を眩しそうに見詰めながらルシフェルが言った。
「私の両親が私の為に頑張っている姿をずっと見ているしかできなかったからね……何もしてあげられないまま親孝行もできないまま終わるのは嫌だから」
(前の世界ではお母さんやお父さんが私の為に必死に働いてお薬代や治療費を稼いでいた事知っていたから……そんな両親に私は何もしてあげられないまま終わってしまった。だからせめてリリアーナの両親には親孝行できたらって思うのは私の勝手なんだけどね)
前世での両親の事を思い浮かべながら語る。そうして話切ると考え込むように黙った。
「そうか、リリアは……」
「え?」
何かを言いかけ黙り込む彼に聞こえていなかったリリアーナは顔をあげてそちらを見やる。
「いや、偉いなと思っただけだ。親孝行の為に努力を惜しまないで頑張ろうとする姿が。おれが出会ったどの令嬢よりもりっぱだと」
「私は令嬢らしくない考えを持っていることは認めますわ。でも、地位や名誉や名声やお金なんかよりもやはりそれを手に入れるために、努力は必要不可欠な事だと思いますの」
柔らかく微笑み言われた言葉に彼女はそう答えた。
「お前の事少しだけわかった気がする。……おれはこれで失礼する」
「……っ!? ……はぁ~」
ルシフェルが言うと立ち去っていく。その背中を見送っていたリリアーナだったが急にお腹がいっぱいの苦しさを思い出しその場に寝ころび盛大に息を吐き出した。
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