十二章 願わくばただたおやかに

 今日は学校が休みの日曜日。リリアーナは久々に一人でゆっくりと過ごそうと寮の敷地内にある憩いの広場へと向かっていた。


「今日は天気もいいし、暖かくて気持ちいいから、あの広場の木陰に座って本を読んだり、ゆっくりお昼寝を楽しんだりしてのんびり過ごすわよ」


(亜由美は本当に本を読む事と寝ることが好きですわね)


宣言する声に反応したのは心の中にいるもう一人のリリアでやる事が何時も同じだといいたげに小さく笑う。


(たまにはご友人達と遊んだりしてもよろしいのではなくて)


「前の世界ではずっとベッドの中での生活だったから、本を読んだりゲームをしたりお昼寝して暇を持て余していたりしていたから……それにコミュニケーションなんて家族か病院の先生くらいしかとったことないから、どう接して話したらいいのか分からなくて……」


もう一人の自分の言葉に彼女は苦笑して説明する。


(あら、その割にはご友人達と楽しそうに会話していらっしゃるではありませんの。亜由美に私のまねをしなさいとは言いませんわ。ですが私に恥をかかせないように振る舞いながら今まで通りにお過ごしなさいね)


「恥をかかせたら?」


(またワンツーマンで二十四時間みっちりと淑女としての教養を仕込んで差し上げますわ)


リリアの言葉にリリアーナは尋ねてみた。すると語尾にハートマークがついていそうなほど楽し気な声が返って来る。


「うへぇぇぇ~」


この前のレッスンを思い出し蒼白になり体を震わせる彼女にもう一人の自分が盛大に溜息を吐いた。


(亜由美に教養が無いのは仕方ありませんので、出来る範囲でサポートして差し上げますわ)


「よろしくお願い致します。先生」


リリアと会話を交わしながら木の根元までくると本を開き物語の世界へと集中する。


「……ふぅ~。とても素敵な物語だったわ。たまにはこういうロマン小説もいいわね」


「リリアさん。このような所で何をしているんですか?」


本を読み終え感激に浸っていると誰かに声をかけられそちらへと顔を向ける。


「ルーティーさん。マノンさんと一緒じゃないなんて珍しいですわね」


「私達だっていつも一緒というわけではないんですよ。ただ、今日はお互い自分の時間を大切にしようってことで合意したんです」


「ご、合意?」


いつも二人一緒のイメージの彼女の隣に弟のマノンの姿がないことを不思議に思い尋ねてみると、にこりと笑い返答が戻ってくる。その言葉に意味が分からずリリアーナは目が点になった。


「お隣宜しいですか?」


「え、ええ。勿論よ」


ルーティーの言葉に返事をした途端彼女はすぐに動き右隣りへと座り込む。


「……」


「……」


特に何か話してくることはなくただ優しい瞳でリリアーナの姿を見詰めるルーティーの様子に彼女は困惑する。


(な、なんだろう? 私の顔に何かついてるとか)


「あ、あの。ルーティーさん。私の顔に何かついてますか?」


「いいえ。ただ、リリアさんて本当にお綺麗だなって思って見詰めていただけですよ」


挙動不審になりながら尋ねると彼女は小さく笑い答えた。


「き、綺麗って。ルーティーさんの方が綺麗だと思いますわよ」


「私メルさんと良く女子会をしてるんです。あ、女子会っていうのは女の子同士で美を追求して可愛く美しくなろうねって言う会。略して女子会なんですけれど、リリアさんもよければ今度ご一緒に女子会しませんか」


ルーティーの方が美人だと語るリリアーナの言葉に何かを考えていた彼女がそう言って女子会に誘う。


(さっきリリアにもっと一人で遊ぶ以外の事をしろって説教されたばかりだし、これでコミュニケーション能力があがるならば)


「そうね。女の子同士で何かやるのも楽しいかも」


「それでは決まりですね。ふふ、今度の女子会がとても楽しみです。メルさんにも伝えておきますね」


内心で考えをまとめると笑顔で了承する。それに嬉しそうに両手を組んでルーティーが約束したと言わんばかりに話す。


「今度の日曜日に女子会ですよ」


「えぇ。分かりましたわ」


こうして約束を交わした後ルーティーはちらりと腕時計を確認する。


「……三十分。あっという間にたっちゃったわ。リリアさんごめんなさい。私そろそろ戻らないといけないので、また、明日お部屋にお迎えに上がる時までさようならです」


「えぇ。また明日ね……ルーティー何だか元気が無かったけれど、どうしたのかな?」


小さく溜息を吐き出すと仕方ないと言った感じでリリアーナに寮に戻ると告げた。


帰っていく後姿を見送りながらルーティーの様子が気になった彼女だがいつまでも考えていても仕方ないと気持ちを切り替えてお昼寝を決め込む。


鳥のさえずりに優しい風が頬を撫ぜる中ゆっくりと眠気に誘われるまま目を閉ざし、自然の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、いつしか彼女は眠りについていた。


「……」


「……」


暖かな光が降り注ぐ中、穏やかな顔で寝ているリリアーナ。その様子を左隣に座り優しい眼差しで見詰めるマノン。


「ん? ……お兄ちゃんの背中みたい」


「お兄ちゃん?」


まだ夢心地なのか寝ぼけ眼で彼の背中に頭を寄せる彼女が零した言葉にマノンが不思議そうに呟く。


「ん……んん? って、マノンさん」


「おはよう。ずいぶんと大きな寝言が聞こえたけれど、お兄ちゃんて誰?」


意識が浮上すると違和感に気付いたリリアーナは慌てて離れる。その様子を気にすることなく彼が尋ねた。


「え、えぇ~っと。お、お兄ちゃんって私そんな寝言言ってましたの?」


「あぁ。はっきりとね。で、お兄ちゃんて? リリアは確か一人っ子だよね。お兄さんがいたとは聞いた事ないんだけど」


慌てる彼女に意地悪そうな口調で問い詰めるマノン。


「う、そ、それは……ずいぶん昔の事ですわ。私がまだ三つか四つの頃。兄と慕った方を亡くしましたの。いつも優しく頭を撫でてくれて、元気になったらまた一杯頭を撫でてくれるって約束してくれていたのに……その方とは永遠の別れをしたのですわ。もう、お兄ちゃんにはどんなに願っても会えませんの」


(亜由美じゃないリリアーナの私。お兄ちゃんだけどもうお兄ちゃんじゃないフレンさん。どんなに願ってももう兄と妹には戻れないからね……)


嘘なんてついたってどうせすぐにばれるだろう。何しろ相手がマノンならばなおさらだ。ならばここは嘘でも本当でもない事実を伝えた方が早いと考えたリリアーナはそう説明する。


「そうだったんだ。なんか……ごめん。その……ぼくの背中でよければまた、お兄さんの代わりに貸してあげてもいいけどね」


「マノンさん……有り難う御座います」


聞いてはいけない事を聞いてしまったといった感じで呟くと少し間をおいて、照れた顔を隠しながら話す。その言葉に彼女は笑顔でお礼を述べた。


「ところで、マノンさんいつからそちらに?」


「リリアが寝てすぐかな。……もう直ぐ三十分になってしまうけど、まぁ。いいや」


何時の間に隣に座っていたのだと尋ねるリリアーナに彼が答える。


「?」


「可愛い寝顔と寝言を言いながらぼくの背中にすり寄ってきたリリアを独り占めできたから今日はこれだけで良しとするよ」


どういう意味だろうと疑問符を浮かべる彼女にマノンが意地悪そうに微笑み告げた。


「ぬな!?」


「あははっ。後でルーティーに自慢してやろうかな」


「お、お願い。間抜けな寝顔と変な独り言をいいながら背中に頭を乗せたことは誰にも言わないで~」


驚くとともに赤面するリリアーナの様子に可笑しそうに笑いながら彼が言う。それにもう令嬢の言葉なんてすっぽ抜けて素が出てしまった彼女が切願した。


「仕方ないな。それじゃあぼくとリリアだけの秘密って事にしておいてあげるよ」


「お願いします!」


にやりと笑い満足そうな顔でマノンが言うと、その様子に気付いていないリリアーナは手を合わせて頭を下げ拝む。


「それじゃあ、二人だけの秘密ね」


「えぇ……絶対に絶対に誰にも言わないでくださいよ」


二人だけの秘密を約束でき満足そうな彼に一切気付くことなく彼女は念押しする。


「分ってるって。それじゃあ。また明日ね」


「はぁ~。これからはお昼寝する時は人が来ないような場所を選ぼう」


マノンが立ち去って姿が見えなくなった途端、気が抜けたかのように脱力すると独り言を零した。

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