十一章 絆を深めたいだけ

 アルベルトから万年執を貰い、ルシフェルに廃棄物の山を片付けるのを手伝ってもらってから翌日。リリアーナは移動教室の為渡り廊下を歩いていた。


「危ない!」


「え?」


切羽詰まった声が聞こえて来たかと思うとリリアーナの目の前に黒い影が。そこからまるでスローモーションにでもなったかのように一連の動きが遅く感じた。


目の前にはソフトボールが彼女の顔目がけ落ちてきていて、駆け付けた誰かに背中を押され廊下へと倒れ込む。しかし思っていた衝撃はこなくてよく見ると突き倒した誰かに庇われその人を下敷きにしていたのである。


「リックさん!?」


「リリア、怪我はない?」


その人物の顔を見て慌てて上から退くリリアーナへと助けてくれたリックが何事もなかったかのように起き上り体についた砂埃を落とす。


「私は大丈夫です。でも、リックさんの方は怪我しませんでしたか」


「僕の身体は丈夫だから大丈夫だよ。それより……こら~。ちゃんと周りを確認してから投げろって言ってるだろう」


彼女の問いに答えると鋭い眼差しになり駆けつけてくる足音の方へと怒鳴る。


「すみません」


「リリアーナさんもお怪我はありませんでしたか?」


そこにはリックとルシフェルと同じクラスの男子生徒二人の姿があり謝ってきた。


「これから僕達のクラスは体育の授業で、練習もかねてソフトボールを投げて遊んでたんだけど、思いっきり違う方向に飛んで行ってしまってね。リリアに怪我がなくて本当に良かったよ」


「そうでしたの。いきなりボールが飛んできた時は驚きましたけど、でも怪我していないので大丈夫ですわ」


彼の説明を聞いてなぜソフトボールが飛んできたのか理解したリリアーナは答える。


「そうだね。……リリアは移動教室なんだね。授業頑張って」


「えぇ。リックさんも授業にちゃんと出て下さいね」


リックの言葉に彼女もちゃんと授業に参加して欲しいなって感じて伝えた。


「もう昔と違って今はちゃんと卒業したいから出るよ。あ、でも留年したらリリアとまた一緒にいられるか」


「リックさんもしかして一度留年しているんですか?」


「入学してから全然授業を受けてこなかったからね。留年はこれで二年目だよ」


そう言えば問題児で有名なリックはずっと授業をさぼっていて、遊び歩いたり喧嘩して過ごしていたんだったと思い出したリリアーナはそう聞いてみると、彼が悪びれる様子もなく素直に答える。


「確か、三回目で処分されてしまうのでしたわね」


「あ、そっか。そうなったらこの学校を退学処分にさせられちゃうね」


話を聞いていた彼女は学園の規則を思い出し伝えると、リックもそう言われてみればそんな内容だったなといった感じで笑顔で答えた。


「いや、笑い事ではありませんわよ。リックさん退学させられてしまいますのよ」


「それは困るな~。名門校であるこの学園を退学処分なんかになったら、リリアの両親に相手にされなくなるし。ちゃんと卒業だけはするから待っていてね」


慌てて突っ込みを入れるリリアーナに彼が頬を掻いて話す。


「どうしてそこで私の両親が出てくるのですか」


「どうしてって、そりゃ……」


でもなぜそこで自分の両親の話が出てきたのか分からず尋ねると、リックが何か言いかけてじっと彼女の顔を見詰めた。


「?」


「それは……」


真面目な顔になり改まった態度で口を開いた彼だったが、タイミング悪く授業が開始される十分前を知らせる鐘の音が鳴り響く。


「って今の音は開始十分前の呼び鐘よね。ごめんなさい。私そろそろ行かなくては」


「うん。この件はまたゆっくりと時間がある時に話すよ。それじゃあね!」


それに慌てるリリアーナの様子に小さく笑うとそう答えてボールを持って少し離れたところで待つクラスメイト二人の下へと駆けて行った。


あれから時は経ち、いつものように皆とお弁当を食べ、昼休憩を終えて教室へと戻っている時の事。


「リリア。ちょっと待って!」


「え?」


女生徒の切羽詰まった声が聞こえてきて驚いて立ち止まる。


「きゃっ」


「もう、だから待ってって言ったのに……大丈夫だった?」


途端に上から水がかかってきて驚きながらもそこを飛びのき難を逃れると同時に、呆れた声がかけられ、そちらを見るとそこにはホースを持ったフレアが立っていた。


(なんか、私今日はこんな目にばっかり合ってない?)


「だ、大丈夫ですわ」


内心で呟きながら口では平静を保ちながら答える。


「お花に水遣りをしていましたのね」


「そうよ。今日はわたしが担当の日だから。……それにしても、リリア凄い反射力だったわね」


リリアーナの言葉に王女が答えると、彼女が避けた瞬間を思い出し笑う。


「そ、そんなに笑える避け方をしていましたか」


「そうじゃないわ。ただ、凄い反射力だと思って。リリアってあんな動きもできるのね」


(いったいどんな動きをしたの?)


フレアの言葉にどんな動きをしてしまったのだろうかと思い冷や汗を流す。


(間抜けな避け方とかだったら嫌だな……)


「心配しなくても、今の出来事を誰かにべらべらと喋ったりなんかしないから安心して」


「は、はい」


不安がっていることが伝わったのか小さく笑い王女が言う。それに安堵しながらリリアーナは答えた。


「そういえば、フレア様学園祭の時にこの学校の生徒で好きになった人がいるっておしゃっていましたよね。その人とはつい最近お知り合いになりましたの?」


「まぁ、出会ったのは今年の春頃ね。その時は友達になりたいって感情の方が強かったけれど」


学園祭でフレアが言っていた言葉の真相がずっと気になっていた彼女は尋ねると、王女がなぜか恥ずかしそうに頬を赤らめながら説明する。


(やっぱり。今年の春頃というと私がリリアーナとしていじめっ子グループのリーダーをやっていた頃だから、その頃に出会った男子生徒の中の誰かって事ね)


「と、いう事はつい最近出会った誰かの事が好きってことですね。一体誰なんですか?」


「そ、それは……と、いうよりも。どうしてそんなこと知りたがるの? はっ。もしかして私が誰か殿方を好きになったと思ってやきもち焼いてくれているとか」


「へっ、やきもち?」


是非とも王女が好きになった相手について詳しく知りたいと思い食らいつくリリアーナの様子に何を思ったのかそう問いかけてくるフレア。その言葉に素っ頓狂な声をあげ硬直する。


「ふふ。リリアでもやきもち焼くだなんて可愛いところがあるのね。心配しなくても私が好きになったのは――」


「って、あぁ! いけない。フレアさん、すみません。私午後一番の授業が体育でしたので急いで戻って体操服に着替えてこなくては……また、ゆっくりとお話しお伺いさせて頂きますからね!」


決意を固めた顔で話そうとする王女の声を遮り慌て出す彼女の様子にフレアがふっと微笑む。


「……うん。早く行きなさいな。遅刻したらあの先生怖いからね」


「減点は何とか免れたいです……それではまた、今度ゆっくりと」


「そうね。……転ばないように気を付けてよ」


一言二言会話を交わすと慌てて教室へと向けて駆け出すリリアーナへと王女がその背を見送りながら声をかけた。


リックとフレアが何を伝えたかったのか知る事になるのはもう少し先になるのであろう。

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