十章 ただ穏やかに流れる時

 メラルーシィと図書仲間になり、エルシアの絵のモデルを付き合った翌日。リリアーナは授業が終わる鐘の音と共に教室を出る。


「……ついに、この日が来たわ」


「ん? そこにいるのはリリア。お前こんな所で何してるんだ?」


購買の前に佇み固唾を呑む彼女の姿に誰かが声をかけてきた。


「アルベルトさん」


「購買に何か用でもあるのか?」


そちらを見るとアルベルトが立っておりリリアーナへと微笑む。


「アルベルトさんは御存じありませんか。本日数量限定販売の文具がある事を」


「あぁ、女生徒に人気のでそうな可愛い花柄模様の万年執のことか。成る程、リリアはそれを狙っているって事か」


彼女の説明に納得した顔で頷く彼がそっと近寄り隣に並ぶ。


「アルベルトさん?」


「俺も協力してやる。二人で頑張ればどちらかは買えるかもしれないからな」


疑問に思ったリリアーナが尋ねるとなんでもなさそうな口調で説明する。


(確かに一人より二人の方が効率はいいかも……)


「ご協力お願い致しますわ」


「おう、任せろ」


内心で直ぐに考えをまとめると勢い良くお願いする彼女に、アルベルトがにやりと笑い答えた。


「あ、販売が開始されますわよ」


「よし、あの箱の中に番号札が入っているはずだ。お前の幸運の見せ所だな。いい番号を引き当てれば自ずと万年執が手に入る」


「頑張りますわ」


購買で働いている人が箱を持ってやってくる。それを見ながら彼が話すとリリアーナは力拳を作り意気込む。


「俺は33番」


「私は……65番」


二人とも引き当てた札を見てそれぞれ答える。


「まぁ、落ち込むなって。番号順に販売ではなく抽選になるからな。あのくじに番号が書かれていて、出てきた数字の人が購入できる仕組みなんだ。だからまだ諦めるのは早いぞ」


「そ、そうですわよね。絶対に抽選に当たって見せますわ」


落ち込む彼女の様子にアルベルトが優しく微笑み励ます。


それから抽選が開始され次々と当選した番号札を持った生徒が購買の奥へと進んでいくが、一向にリリアーナ達の番号は呼ばれない。


そうして時は過ぎて行きついに呼ばれないまま販売は終了してしまった。


「……はぁ」


「ちょっとここで待ってろ」


「アルベルトさん?」


肩をおとして落ち込むリリアーナの様子にアルベルトが言うとどこかへと立ち去ってしまう。


それから意味が分からないままその場で彼が戻って来るのを待っていると数分後にアルベルトが帰って来る。


「ほら」


「こ、これは!?」


「色違いの万年執だ。こっちは普通に購買で販売されている。限定品じゃなくて悪いけど、色違いでも同じものなら問題ないだろう」


差し出された物を受け取った彼女は目を見開き驚く。それにアルベルトが明後日の方向を向きながら説明する。


(まさか色違いが普通に販売されていたなんて……知らなかった。でも、色違いでも欲しかったから嬉しい)


「アルベルトさん、有り難う御座います。これ、大切に使わせて頂きますわ」


「べ、別に大切にしなくてもどうせ消耗品だからな。壊れたら捨ててくれたってかまわない」


まじまじと手の平にある万年執を見詰め内心で呟くと、笑顔になりお礼を述べる。そんなリリアーナの様子に頬を赤らめ慌てながら彼が返した。


「そ、それじゃあ。俺はこれから移動教室だからまたな」


「えぇ。本当に有難う御座います」


照れた顔を隠すようにそう言って立ち去ろうとするアルベルトに彼女は再度お礼を言って別れる。


アルベルトから貰った万年執を無くさないように大事に持ち歩きながらご機嫌に微笑み教室へと戻って行った。


それから時は経ち夕日が校舎を照らす放課後の掃除の時間。


「はぁ……どうしよう」


リリアーナは生まれて初めてかもしれない窮地に陥っていた。


「やっぱり、これは一人では無理よね」


「……」


独りで悩む彼女の様子を遠目で眺める影が、そして小さく溜息を吐くとそっとリリアーナへと近づいて行く。


「やっぱりここはエミリーの親衛隊に頼むとか?」


「……こんなところで百面相をしてどうした」


「ひゃぁっ!?」


悩み続ける彼女へと誰かが声をかけてきて、盛大に驚きそちらへと体ごと向き直る。


「ルシフェルさん」


「ここで何をしてるんだ?」


そこに立っていたのはルシフェルで呆れた顔で尋ねられ彼女は助かったと言わんばかりに縋りつく。


「っ!?」


「助かりました。お願いがあります。私と一緒にこれを運ぶのを手伝ってください」


急に接近してきたリリアーナの行動に驚いていると、そう言って背後にある山を指し示す。


「……まさか、これをお前一人で持って行こうと考えていたのか?」


「だからお手伝いをお願いしたんですわ」


そこには大量の廃棄物となった備品の山がありそれを見やったルシフェルが尋ねる。それに彼女は答えた。


「分かった。手伝おう」


「有り難う御座います」


眉間を押さえながら答えてくれた彼にお礼を言うと二人で協力してそのゴミの山を学園の裏手にある廃棄所へと運ぶ。


「本当に助かりました。ルシフェルさん有難うございます」


「いや、よく二人だけであのゴミの山を運び終えたものだな……少し休憩してから教室へ戻ろう」


笑顔でお礼を述べるリリアーナにルシフェルが答えると二人で木の陰に腰掛け休憩する。


「そういえば、ルシフェルさんとこうして二人で何かしたり、ゆっくり過ごすのって初めてですわね」


「そう言われればそうだな。……いつもはメル達と一緒に行動している事の方が多いからな」


不意に言われた言葉に彼もいわれてみればと思い頷く。


「ルシフェルさんとこうして一緒にいる所なんて他の女生徒に見られたら私袋叩きに合ったりしないですわよね?」


「待て、何故いきなりそうなるんだ?」


急に挙動不審になり顔を青くして周囲を警戒するリリアーナにルシフェルが尋ねる。


「だって、ルシフェルさんは女生徒からすごい人気でしたので、こんなところを他のファンの人達に見られたら何かされるのではないかと思いまして……」


「なっ? ……はぁ。確かに周りの女子達が勝手に騒いではいるが、おれはそんな奴等に興味などない。むしろ、リリアに何か危害を加えるのであれば、おれはそいつらを許しはしない」


怯える様子の彼女の言葉に彼が驚いた後盛大な溜息を零し説明した。


「ルシフェルさんって、お友達思いなのですね」


(ルシフェルってこんなに友達思いだったんだ。いつも一匹狼みたいな雰囲気で近寄りがたい感じだったけれど意外だわ)


意外だなって思いながら答えるとルシフェルが不思議そうに首をかしげる。


「友達思い……いや。お前に対しては少し違うような気もするが……何だろうな。心配しているのは、確かなのだが……」


「そ、それって。私が子どもっぽいから心配で目が離せないってことですか?」


考え込む彼の様子にリリアーナは確かに自分はそそっかしいからなと思いながら尋ねる。


「いや。子どもっぽいからとかそういうのではない。なんというか……そうだな。妹みたいな感じで目が離せない……んだと思う」


「妹?」


ルシフェルの言葉に彼女は盛大に驚いて目を瞬く。


「い、いや。本当に妹みたいに思っているのではなく……そんな感じで目が離せないと思っているだけだ」


「つまり、私は幼く見えるというわけですわね」


(リリアーナだったらきっともっとお姉さんぽくみえるんだろうけれど、中身が亜由美(わたし)じゃしょうがないよね)


慌てて弁解する彼にリリアーナは特に落ち込むわけでもなく当然だよねと思いながら答える。


「そ、その。気分を害したなら謝る。どうも、この感じの答えが見いだせなくてな」


「いいえ。大丈夫ですわ。私自身もそう思っておりますので。もっとお嬢様らしくしっかりとしないといけませんのにね」


慌てて謝るルシフェルに彼女は気にしていないと言いたげに微笑む。


「そ、そうか。……おれはそろそろ戻る。お前もあんまり遅くならないうちに教室へと戻れよ」


「えぇ。本当に手伝ってくださって感謝いたします」


すっと立ち上がり教室へと戻ると言い出した彼を見上げてリリアーナも慌てて腰を上げるともう一度お礼を述べた。


「その、おれでよければまた、困った時手伝ってやってもいいぞ。それじゃあ、また明日学校で」


「はい」


照れた様子で頬を赤らめ目線をそらし話す彼の様子に気付くことなく、彼女は笑顔で答える。


そうしてルシフェルが立ち去った後リリアーナも教室へと戻って行った。

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