九章 知らず知らずのうちに
皆で楽しくお弁当を食べた日から数日後。リリアーナの姿は図書室にあった。
「ふぅ~。とても心を痛める物語だったわ……アレンとルイス。兄弟同士で戦い合わないといけないだなんて……あ~ぁ。おとぎ話とはいえ胸が締め付けられちゃうわ」
フィクション小説を読み終えた彼女はすっかり物語の世界に入り込んでしまったようで、目に涙を溜めて空想の世界に浸る。
「あら、お姉様。お姉様も本を読むのがお好きなのですね」
「メルさん?」
そこに誰かに声をかけられ慌てて現実へと引き戻ると隣に立ち微笑むメラルーシィの姿に驚く。
「あら、それ英雄物語ですわよね。私もそのお話を読みました。とっても胸を撃たれる内容に涙を流しましたわ」
「メルも読んだことがあるのね。私もようやく最終章を読み終わって胸震える内容に涙していましたの」
リリアーナの手元にある本を見て話す彼女に、同じように読んでいて涙した人がいることが嬉しくて物語の話を振る。
「私はアレンとルイスが同じ女性を巡って争い合う恋の展開もこの後どうなってしまうのかとハラハラしながら読んでいました。お姉様はお好きなシーンはありますか?」
「私はヒロインであるヴィリーナがアレンとルイスの気持ちが本物なのかどうか試すために毒を飲んで真実の愛を確かめたシーンが女性として共感したわね」
「お姉様もですが、私もそのシーン大好きなんです」
メラルーシィが隣へと座ると二人で物語の話で盛り上がった。
「やっぱり、メルもこういうの好きそうだなって思ったのよ」
「なんだか私達好みが似ているようですね」
「そうね。メルとは話が合いそうだわ」
「で、ではお姉様。これから私と一緒に読書会などするのはどうでしょうか? 二人で一緒に本を読んでお勧めの物語があったらお互いに教え合うんです」
「えぇ。いいわよ。メルとは良い図書仲間になれそうね」
話しに盛り上がり勢い余ってメラルーシィが提案する。それにリリアーナは何のためらいもなくにこりと笑い了承する。
「っ!? ほ、本当によろしいのですか」
「勿論よ。これから放課後は図書室で一緒に本を読みましょう」
「はい!」
頬を赤らめ確認してくる彼女に頷き答える。メラルーシィが嬉しそうにはにかむと放課後にまた会う約束をして別れた。
リリアーナも図書室を出て噴水の縁に座り先ほど交わした約束が楽しみだと微笑んでいると誰かが近寄ってくる。
「あら、リリアじゃありませんの」
「エルさん」
誰かに声をかけられそちらを見ると不思議そうな顔のエルシアが立っていた。
「このような場所で奇遇ですわね。せっかくですから少し私に付き合いなさい」
「は、はい」
不敵に微笑みついて来いと言う彼女に、今までの癖でつい身構えてしまう。
「リリア、貴女いい加減私を見て怯えるのを改めなさいな。これでは私が意地悪をしているみたいではありませんの」
「そ、そんなつもりはないのだけれど、どうしても体が勝手に反応してしまって……」
「もう、仕方ありませんわね……」
悲しそうな顔で話す彼女に改めようとは思っているのだけれどと語るリリアーナ。それにエルシアが自分にも非がある為小さく溜息を零すだけに留める。
「美術室?」
「そうですわ。今度のコンクールに出す絵を描くために暫くの間美術室を借りておりますの。それで、貴女には絵のモデルになって頂きますわ」
「ふ、ええっ!? 私がモデルだなんて……そ、そんな。モデルにするならもっと美人な人がいると思うのですが」
向かった先は美術室で不思議に思っていると彼女が説明する。モデルという言葉にリリアーナは盛大に驚く。
「リリアほど美しい女性はいませんわ。私のためにモデルとして付き合いなさい」
「わ、分ったわ……」
美術室へと入っていくエルシアの背後について歩きながらとんでもない事になったと冷や汗を流す。
(亜由美がモデル、ね)
「笑わないでよ……私だってなんでって思っているんだから」
心の中からもう一人の自分の笑う声が聞こえてきて小声で愚痴る。
「何か言いまして?」
「な、何も。……それで私はどうすれば良いの」
彼女の声が聞こえていなかった様子でエルシアが怪訝そうに問うてきた。それに慌てて首を振って答えると取り繕う。
「そこの椅子に腰かけていてくださればよろしいですわ。そうですわね。体はやや右斜めに顔はこちらに目線も少し右にして……リリア顎があがってますわ。もう少し普通に真っすぐに向けて下さいな」
「は、はい」
(うぅ……意外とキツイ~)
エルシアの指示に従い椅子に座りポーズを決め込むリリアーナだったが同じ体制を維持するのが辛くて小刻みに体を震わす。
「表情が崩れていましてよ。もっと自然な感じで……」
「は、はい」
そうしてしばらく絵を描く彼女に付き合いリリアーナはモデルとして頑張る。
「リリア、もう大丈夫ですわよ。付き合ってくださりその……あ、有難う」
「はぁ~。同じ体制でずっと止まっているのって意外と疲れるのね」
エルシアの言葉で体中の緊張を一気に解いた彼女はだらしなくその場にへたり込む。
「ふふ。なかなかいい絵が描けましてよ。これで優勝できないならば審査員の目が節穴なのですわ。リリア、協力して下さったお礼に今度私の時間を差し上げますわ。貴女が付き合ってほしい時に私を呼びなさい」
「分かった。付き合ってもらいたい時にエルさんを呼びますね」
拒否権がないことは長年の付き合いで分かっているので素直に頷く。ご機嫌になった彼女が約束したと言わんばかりに嬉しそうに微笑む。
こうしてリリアーナはようやく絵のモデルから解放され教室へと戻って行った。
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