十三章 今はまだただの兄姉心
ルーティーとマノンと会った休日を有意義に過ごしたリリアーナは翌日。またセレスに生徒会室へと呼ばれ一人で教室へと向かっていた。
「セレスからまたお茶会のお誘いかしら」
(セレスさんは亜由美の事をとても可愛がっているご様子ですので、またお茶会を開こうとしているのではないかしら)
廊下を歩きながら大きな独り言を零すと、心の中にいるもう一人のリリアが答えた。
「お茶会なら皆でやった方が楽しいと思うんだけど……あ、着いた。ふぅ……失礼します」
「いらしゃい。リリア、待っていたのよ。今日はとても良い茶葉を手に入れましたの。一緒にお茶を楽しみましょう」
生徒会室へとたどり着くと一呼吸おいてノックの音を響かせる。中から出迎えてくれたセレスが笑顔で彼女を招き入れた。
「リリアさん何か困った事とかはありません? わたくしが解決して差し上げてよ」
「大丈夫ですわ。困った事がありましたらその時はご相談させて頂きますわね」
優雅な午後の一時が始まり二人でただお茶を飲むだけという時を過ごす。
「あら、リリア。服の裾がほつれてましてよ」
「え?」
セレスの言葉に自分の着ている制服を見下ろしどこがほつれているのだろうと探す。
「ふふ。わたくしが縫い直して差し上げるので上着を貸してくださらない」
「セレスさんお裁縫上手なのですか」
小さく笑い彼女が告げた言葉にリリアーナはそんな特技があったのかと驚く。
「えぇ。淑女として嫁入りして恥ずかしくないようにある程度の事は一通りできるようにお勉強いたしましたので。さぁ、上着をお貸しくださいな」
「お願いします」
差し出された手に上着を預けるとセレスは棚の中から裁縫箱を取り出し素早くほつれた部分を縫い直す。
「凄い……」
「さぁ、縫えましたわ。お返ししますね」
あまりの手際の良さに呆気に取られているうちに直し終えた服を差し出される。
「くす。今度は御髪が崩れてましてよ。わたくしが梳かして差し上げますわ」
急いで上着を着直すと今度は髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまう。そんなリリアーナの様子に小さく笑うと机の中からブラシを取り出し目の前にある椅子に座るよう勧める。
「じ、自分で出来ますので大丈夫ですわ」
「いいえ、わたくしが梳かして差し上げます」
拒否できない状況に渋々椅子に座ると、セレスが「失礼」と呟いてから上手に髪を梳いていく。
「痛くありません?」
「大丈夫です。セレスさんは髪を梳かすのもお上手なのですね」
彼女の問いに問題ないと答えると褒める。
「ふふ。リリアに見立てたお人形の髪の毛を毎日梳いて練習しておりましたからね」
「何か言いましたか?」
「何でもなくてよ。そのまま動かないでいて下さいね」
セレスの言葉が聞こえなくて不思議がる彼女に微笑み答えるとリリアーナは特に気にする事もないかと気持ちを切り替える。
「どう、とても綺麗になったと思うのだけれど」
「す、凄いサラサラ……有り難う御座います」
いったいどんなブラシを使ったら、こんなにサラサラで艶のある髪の毛になるのだろうと、思いながらお礼を述べると彼女が嬉しそうに頬を赤らめた。
「ま、またいつでも髪を梳いて差し上げますからね」
「えぇ。こんなに綺麗になるならまたお願いしたいわ」
セレスの言葉に彼女はにこりと笑いお願いすると授業が始まってしまうため教室へと戻る。
それから時は経ち放課後。こちらの世界に同じように転生した兄であるフレンと日課となっている思い出作りをするために彼との待ち合わせ場所まで向かう。
「あ、フレン」
「来たか。……今日は屋上でゆっくり話をしよう」
手を振りながら声をかけるとフレンも気付いた様子でにこりと微笑む。
そうして屋上までの道を歩いていると急に目の前に二人組の女生徒が立ちはだかる。
「あ、あの。フレン様」
「その、ずっと前から貴方の事をお慕いしておりました。これを受け取ってください!」
(こ、これはラブレター!? お兄ちゃんてモテモテなのね)
頬を赤らめラブレターを差し出す二人の女生徒の様子にリリアーナはフレンが人気者であることに驚く。
「あ、そ、その……」
(お兄ちゃんはなんて答えるのかしら)
戸惑っている様子でおどおどする姿に背後から見詰めながらフレンの事を見守っていると、女生徒が押し付けるようにラブレターを渡して黄色い悲鳴をあげながら立ち去っていった。
「はぁ……」
「フレンって人気者なのね」
困った様子で溜息を零すその肩を叩き笑顔で話すリリアーナへと彼がすっと真面目な顔になり見詰めた。
「?」
「どうもこういう経験をしたことが無かったからな。こういう時どう対応したらよいのか分からない。断るのも彼女達を傷付けてしまうし、かといって受け取ってしまうのもその気がないのに失礼だろう。だからどうしたら良いのか分からないんだ」
何だろうと思って首をかしげる彼女へとフレンが淡々とした口調で説明する。
「それで、生徒会の皆に相談したんだ。会長も副会長も女生徒からの人気は高いからな。だが、どれも参考になりそうになくてな」
「参考にならないってどうして?」
彼の言葉に疑問を抱きリリアーナが尋ねるとフレンが溜息を吐き出し肩を落として口を開いた。
「キールのように悲しませたり怒らせたりせず巧みな話術で女生徒達の気持ちを変える事も、エドワードのようにはっきりと断ることも、セレスのように形だけもらって放っておくことも出来ない……だから参考にならなかったんだ。リリアならこういう時どうすれば良いと思う」
「う~ん。そうね……私だったら自分の気持ちをきちんと伝えると良いと思うわ。優しさって時に残酷になることもあるし、だからこういう時ははっきりと自分の素直な気持ちを伝えてあげればいいんじゃないかしら」
フレンの言葉に腕を組んで悩むと自分の考えを伝える。
「成る程、リリアらしい答えだな。だが……分かった。それなら俺でもできそうだ」
「問題が解決してよかった。それじゃあ屋上に向かいましょう」
柔らかく微笑む彼にリリアーナもにこりと笑い問題が解決したことを喜ぶ。
後日「君達の気持ちは嬉しいが、今は特別に好きな人はいない。だから気持ちだけ頂いておく」と女生徒達にフレンが断ったのだが、あの寡黙で何を考えているか分からないと言われている彼が喋ったことに更に女生徒達のハートを射止めたそうだがそれはまた別のお話である。そして瞬く間にあのフレンが喋ったと全校生徒の間で噂になったのは言うまでもない。
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